勘→にょた鉢(現代・十万打リク・【栗・マニキュア・きらきら】)

※十万打リクエスト:勘→鉢で【栗・マニキュア・きらきら】にょた鉢



「あ、おいしそう」

蛍光色みたいな、キラキラ(いや、ギラギラか)したピンク色が、俺の視界を横切った。

「これ、栗でしょ。私、好きなんだ。ちょーだい」

俺の返事も待たずに、その鮮やかな爪は、俺がむいた栗の実に伸ばされた。丁寧に薄皮まではがされた栗を突き刺すようにつまみ上げると、唇に何か塗ってあるのだろう、テカテカと光る口元に運ぶ。真っ白の袖口から覗く、折れてしまいそうなくらい細い手首に、シャラシャラ、と金色のブレスレッドが掛っていた。

「…鉢屋……」
「ん、おいしい。何?」

この学校においては、素行が悪いと分類されある種有名なクラスメートが、いつの間にか傍にいて、俺がむいた栗を食べていた。自由気まま、という言葉がこれほど似合う奴を俺は彼女以外に知らない。まるで猫のような彼女に、なぜか俺は好かれていた。

(いや、好かれているというのには語蔽があるなぁ。えっと、あぁ、懐かれてる、か)

誰かとつるむことなどなく、へつらうことも媚びることもなく、のらくらと独りで生活を送っている彼女が、学校で一番話すのは俺なんじゃないか、と思うくらいだ。たとえばテストの範囲がどこだったか、とかノートを貸してくれ、とかそんなこともあるし、ラジオの深夜放送がどうだとか雑談をしに来る。だが、一番多いのは、こうやって唐突に来て勝手に喋って帰ってしまうことだ。

「勘ちゃんと話すのは楽」

ことあると毎にそうやって鉢屋は笑うが、だが、俺は彼女が苦手だった。特に何が、というわけではないのだけれど。しいて言うならば、彼女の纏っている空気というかあまり好きじゃなかった。ふわふわ、地に足が着いてない、何も考えてない感じをどこかで見下していたのかもしれない。そして、そのことを知ってる、とでも言いたげな彼女の強靱い眼差しが苦手だった。全てを-------隠してしまいたい、一番汚い感情でさえ------見透かされているような、そんな気持ちになるのだ。

「だから、何?」

ぼんやりと考えていると、彼女を見つめたまま体が止まっていたらしい、ひらひらと赤が眼前で揺れた。鮮やかな金魚のひれのように、は、っと息を詰む。驚いて彼女を改めてまじまじと見つめながら「何って?」と逆に問い返すと、鉢屋は「だから、それ、おいしのかって聞いてるんだけど」と目を尖らせた。

「あ、うん。この店の栗、美味いから」
「ふーん。これ、全部、勘ちゃんがむいたの?」

机の上に築かれたむき栗の山を見て、少し呆れたように彼女は言った。「あぁ」と返事をして、手にしていた栗の固い皮に親指の爪を突き立てる。昔からの癖で、爪は深爪だといわれるくらいに短くしているけれど、それでも、力を入れると皮が破れたのが分かった。ぐ、っとの皮膚にめり込んだが内側に反り返った栗の表皮が反発する。出たい出たい、と。相反する異物を押し出そうとするのは、自然なものなのだろう。だが、それをも無視して、さらにぐっと広げれば、やがて、ねじり切られ中身が顔を覗かせた。それを摘みだし、すでに外皮を剥ぎ取られてしまった栗の山に置く。あっという間に、有象無象に紛れ込む。

「ふーん。私にはできないなぁ」

そう言いながら、遠慮というものは一切なく、また彼女は、むいた栗の山に手を伸ばした。南国の花のような艶やかな爪と爪とで挟まれた渋い黄土色が、妙に卑屈に見えて。その爪じゃな、と心の中で呟く。安っぽい宝石に模した装飾が外れのを選ぶくらいなら、彼女は一生栗を食べないだろう、と想像がついた。

「勘ちゃんって、私のこと、嫌いでしょ」

その言葉に顔を上げると、アーモンド型の、くっきりとした黒目に、小さな光が閃いた。あぁ、また、あの眼差しだ。こっちを見透かそうとする目から僅かに視線を外し、即座に「いや、そんなことないよ」と答えると、ふふ、と鉢屋は笑った。猫みたいな柔らかそうな栗色の毛が肩で揺れる。

「うそ。嫌いでしょ?」

疑問というよりも確信に近い言葉。まっすぐな目に、思わず逸らしてしまっている自分がいる。何となく分が悪くて、沈黙に陥るのも、このまま会話をするのも怖くて。傍らにある独特の赤い袋に手を入れて、まだ固い皮に覆われた栗を取り出そうとする。けど、いつの間にか全部むいてしまっていたらしく、ただただ、袋の中で空を掴むので終わってしまった。仕方なく、ひどく黒ずんでいる親指と人差し指すりよせると、ざらざらとした妙な感触が、指先に残された。

「……そんなこと、ないさ」

毬のようにトゲトゲした感情を、その自分の醜い所を、強固な皮で覆って守って。普段なら如才なく笑みを浮かべて、そのことを隠し通している。周りも、上手に騙されてる。そんな醜い自分、いませんよ、って。なのに、それを鉢屋は暴こうとしてくる。

(早く、向こうに行ってくれ)

そう叫び出したい心を押さえつけ、唇の筋肉に命じる。上がれ、笑えと。ぐ、っと頬を押し上げる力を感じた俺は「嫌いな奴なんて、いないよ」と付け足した。だが、彼女は「ふーん」と曖昧な相槌だけを売ってきて。信じているのか信じていないのか分からず、俺は念押しするように、その言葉を重ねた。

「嫌いじゃないさ」
「嫌いなら、はっきり言えばいいのにな……」

だから、と言い募ろうとした俺の文句は、けれども、予想だにできない彼女の言葉によって堰止められた。

「勘ちゃんって、栗みたい」
「栗?」
「そう。綺麗な、もう食べられそうで、でも、じつは硬い殻に覆われてるみたい。殻っていうか、栗のトゲかな。近づくな、って感じ。でも、そーいうので、一番傷つくのは自分だよね」

じっと注がれているであろう視線に、イライラする。彼女に何が分かる。俺を知らないくせに。翻弄させられる。近づくな。押し込められたモノが溢れ出しそうで、必死に俺自身を宥めすかし、顔面中の筋肉に命令する。----------微笑め。と。笑うだけなら16本の筋肉で済むはずなのに、ところが、その16でさえ意識しなければ難しい。

「そうか?」

視線を彼女の方に真向け、ぐっ、と口角を上げ、神経を「笑顔を造る」ことに総動員させる。すると、彼女はデコレーションが施された爪のある手を俺の方に差し出した。蛍光灯がその爪に反射し、人工的な硬さのある光が目を射る。キラキラ、キラキラキラ。綺麗なそれは、綺麗過ぎて痛い。

「私の爪はね、勘ちゃんのそれと同じなんだ」
「それ?」
「その笑顔」

見透かされているような、じゃなかった。しっかり見透かされていた。その偽物の笑みを、自分を守るために作っていることを。奥底に奥底に隠した無防備な感情を彼女は知っていたのだ。けれど、恥ずかしさとか、彼女なんかに見破られた、という思いが湧き立つことはなかった。ただ、興味だけが俺の中にあった。

---------------俺と同じように、自分を守るために、鉢屋は飾り立てるんだろうか?

ふふ、と艶やかな唇で笑いを刻んだ鉢屋は「勘ちゃん、すごく嫌そうな顔してるな。やっぱり私のこと嫌いでしょ?」と、もう一度だけ問いかけてきた。

「嫌いじゃないさ」
「またまた。いいじゃん、勘ちゃんだって、神様じゃないんだし」
「……苦手なだけだ」

とりあえず、隠そうと深いところに押し込められていた感情を膿出し、それを正直にそのまま口にしてみたところ、鉢屋は、一瞬、目を見開き、それから、「そうね」と柔らかく笑った。その笑みに、心が、音を立てた。きらきらきら。キラキラキラ、じゃない。きらきらきら、と。

(え、)

不意に、懐に入り込んできた熱情に慌てて棘の鎧を覆おうとしたけれど、間に合わなかった。

「勘ちゃん、顔、真っ赤だけど、どうかした?」



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勘→鉢で【栗・マニキュア・きらきら】にょた鉢でした。
リクエストありがとうございます^▽^ これからもよろしくお願いいたします!!




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