竹久々(現代)

(…あ、ハチだ。ラッキー。ゴミ捨てに来てよかった)

声を掛けようとした瞬間、俺とは別の、今にも消え入りそうな声が、ハチを呼んだ。その、周りから隔離された独特の空気に、思わず近くの木陰に身を隠す。数枚だけ落ちた枯葉が、がさり、と乾いた音と共に砕け散った。

「あの、好きです」

好きな奴の告白現場に遭遇するほど、気まずいものはない。ピン、と頬が切れそうなほどに張りつめた空気の中で、自分が告ったわけでもないのに、心臓が早鐘を打つ。ハチがオーケーしたらどうすればいいんだろう、と、見たくないのに、地面に足が吸いついてしまったかのように、動かすことができない。

「悪いけど、大切なヤツがいるから」

じっと見つめた先の唇が、ゆっくりと、クラスの女子が噂していた通りの、決まり文句をかたどった。『竹谷くんは大切な人がいるから、って断るんだって』。けれど、なにか、想像したのと違った。何となくだけど、優しい笑顔で、こちらまで照れてしまうようなセリフを言うんだと思ってた。いつものノリで、おどけた感じで、明るく断るんだと思ってた。なのに、全然、違った。

---------------------ハチが、泣きそうに見えた。



***

「兵助、いつまで、覗いてるんだ?」

不意に声が振りかかるまで、目の前にハチがいることに全然気づいていなかった。

「っ…別に覗いてない。たまたま通りかかっただけだって」

力を込めて、そう答えると、ふっ、と視線を緩めて笑った。それから、「冗談だって」とおどけた口調で言い、俺の頭をクシャクシャと撫でた。その手がとても暖かくて、本当に優しくて、すごく心地がよくて、-----だから、どうしようもなく、泣きたくなる。

「やめろよなっ、もうっ」

振り払う。日焼けの跡がうすく残る、折り曲げた袖から出ているハチの手を。それから、溢れ出しそうな感情を。

(……どうやったって、俺がこの掌を手に入れることはできないんだから)


「もう、バカン、イヤン」
「ハチ、本気で怒るぞ」
「あ、悪い悪い」

ドスを効かせた声を出すと、ハチは俺の持っていたゴミ箱を片手に歩きだした。慌てて追いかけて「あ、いいよ、自分で持つ」と言ったけど、「いいって、どうせ暇だったし」と取り合ってもらえなくて。けど、自分の当番のことをやってもらうなんて(ましてや別のクラスだし)、とこちらも譲らずにいると、「じゃぁ半分ずつな」と、結局、押し切られるようにして、片手で持つことになった。

***

ゆらり、ゆらり、と歩調に合わせて、遊園地のバイキングみたいに、ゴミ箱は俺らの間を行き来する。

「ハチ」
「ん?」
「ハチの大切な人、って、どんな奴?」

歩くたびに振り子のように揺れていたボサボサの髪の毛先が止まって、ゴミ箱が俺のふくらはぎをこするようにして、通り抜けた。戻ってきたゴミ箱は脛の横で止まり、再びふくらはぎをこすることはなかった。俺の方を向いた髪色より薄い香色の眼差しが、光の加減だろうか、揺れていた。まるで湖の漣のように、静かに、小さく。

「そうだな……世界にまたとない人、だろうな」

少し考えた後、果てのない青空に向けて、ぽつり、と呟かれた言葉。砂を吐きそうな、こちらが赤面しそうな言葉。甘い甘い、ラブラブな、言葉。----------なのに、「って、そんなこと、言わせるなよな」と笑うハチは、どうして、泣きそうにしてるんだろう。漣がいつしか網膜を超えてしまうんじゃないだろうか、というくらい、静かだったそれは大きくなっていた。

(誰なんだろう、ハチにそんなことを言わせる奴って)

「ハチ」
「ん?」

聞いてみたくて思わず名を呼んだけど、聞けるはずもなくて。場を「……いや、なんでも、ない」と濁せば、当然「何だよ、気になるじゃんか」と突っ込みが入った。曖昧に「まぁ、うん、本当に大したことないし」と返事を返し、静止していたゴミ箱をぐっと引っ張り、歩き出そうとした。けれど、ハチには見抜かれていたらしく(というか、会話の流れからしたら分かって当然なのかもしれないけど)ゴミ箱が引きもどされる。

「大切なヤツってのが誰か知りたいんだろ」
「いや、別に。気になんかならないし」

嘘だった。気になって気になって仕方ない。けど、そんなこと言ったって俺たちの距離は変わらないだろう。世間のカップルみたいに、手を重ねて繋がることなんてできない。せいぜい、こうやって物を介してでしか無理だろう。あの掌を手に入れることはできない。

(だって、俺たちは単なる友達なんだから)

「本当に?」
「あぁ。お前が誰を好きだろうと、俺には関係ないし」

ハチからゴミ箱を引き取ろうと力を込めて。でも、ハチの手からゴミ箱が離れることはなくて。ぐら、っと揺れたそれは、ブランコのように俺たちの間を行き来し始めようとして-------けれど、再び、止まった。

「関係なくない」
「え?」
「兵助には関係なくても俺には関係あるの。俺の大切なヤツは兵助なんだから」






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