5年(三郎の日)

はらり、と落ちた白は雪片と見間違うには大きい。木蓮の花は卒業の儀を待つようにして、その翌朝に散っていた。今はまだ穢れなき色もやがて黄ばみ朽ち果てて行くのだろう。地面を斑に埋める白がふ、と翳った。

「淋しくなったね、鉢屋」

ざり、と足袋に踏みしめられた砂利に続いた声。けど私は振り向かなかった。

「そうか?静かでいいじゃないか。潮江先輩は、夜な夜な、ギンギン煩ぇわ、立花先輩は綺麗な顔してえげつないこと仕掛けてくるわ…今は本当に静かでいい」

「けど、もっと色々教えてもらいたかったよなぁ」

また一つ影が増える。ざんばらの髪。

「さんざん、七松先輩しごかれて泣きを見たのはどこの誰だよ。迷惑掛けられてばっかじゃねぇか」
「でも、世話にもなっただろ」

す、っと頬を薫風が切る。着地した黒髪が靡いて私の視界に入った。

「食満先輩はともかく伊作先輩は世話してた気がするけどな」
「僕は中在家先輩にお世話になったけどな」

背後から、おっとりした声。

「そりゃは雷蔵は直接の先輩だからだろ」

私がそっぽを向くと、「まったく、三郎は素直じゃねぇな」ぐしゃぐしゃ、と頭を乱暴に撫で回すでかい掌はハチだ。

「本当、鉢屋は天の邪鬼だな」
「分かりにくいけどな」

左の肩に置かれたのは勘右衛門の掌、右の温もりは兵助のそれ。

「淋しいのは皆一緒だよ」

赤子をあやすように、ポンポンと背中を撫でるのは雷蔵で。皆のその温かさに、喉の奥が海水を飲んだみたいにひりひりし、目頭が熱くなって……眼前の白が雪解けしかけたみたいにぐにゃりと歪んだ。

(卒業、おめでとうございます)

私の声を聞いたのは春風と、それから傍らにいる四人だけだった。




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