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「……おーいっ。吉里くーん……!」

「……あれ?隊ちょ、ゔ!?」


小声で名前を呼ばれて驚きそちらを見ると慌てた様子でキョロキョロと辺りを見回す隊長さんがいた。思わず立ち上がると俺を見付けた隊長さんは一瞬固まり、そして凄い勢いでタックルをかましてきた。


「――っ!?……げほっ」

「吉里くん!?ケガない!?怖かったね……!もう大丈夫だからね!」

「っは?あの?……え?」

「もう!不審者だなんて!危ないったらないよ!」


一頻りベタベタと顔や腕を触った隊長さんが深く息を吐いて脱力する。いったいどうしたのだろう。不審者と言ったという事は先輩から連絡あって来たのか?……いやなら何でここに?


「どうしてこちらに?先輩をお迎えに来られたのでは?」

「え?タカ?うんにゃ違う違う。迎えに来たのは吉里くんをだよ」

「は?」

「さ、帰ろ」

「え?っと、でもなんか待っていろと……それに先輩が……」

「いーからいーから。タカもどうにかして帰るっしょ。今日は……僕が散歩中補導された、ってことにしよっか」


薄明かりの中隊長さんが笑いながら石畳の方へ進んだ。何で俺を迎えに来たのか。そして先輩は本当に大丈夫なのか。色々気になったが、隊長さんがあまりにもあっけらかんとして言う為良いのかな、と後に続く。
隣に並んだ所で弄っていたケータイを閉じた隊長さんは道すがら不審者について質問してきた。一先ず私見を除いた状況だけを伝える。隊長さんは頷いて聞きながら、そっかぁ、と呟いた。


「うーん……。不審者、もうちょいどんなのか特徴わかる?」

「俺とそう背丈は変わらないだろうという事くらいしか……。すみません」

「ん〜ん、暗いし仕方ないよ。それよりきみになんもなくてよかった〜。もし襲われでもしてたらもうこの学園がどうなっていたことか……」

「?風紀なんでそうそう襲われはしないと思いますが……。それに今更俺一人襲われた所で学園がどうこうなるなんてそんな大袈裟な」


浮き足だった四月も過ぎて普段なら落ち着き始める時期らしいのに暴行やらなんやらはなかなか収まらない。その度重なる事例の一つに入るなんて嫌だが、どこかのご子息とかなら兎も角、一般家庭の俺はその程度の扱いにしかならないだろう。あ、もしそうなった場合報告書って自分で書くのか?何か嫌だなぁ。
等とつらつら考えていると、隊長さんが呆れた声を出した。


「いやいや、なに言ってんのこの子ってば」

「えぇ?」

「うぅん?本人の認識としてはそんなもんなのかな?この子鈍そうだし」


おっと。今なんか失礼な事言われた気がする。
ブツブツと何か呟くのを微妙な気持ちで見ながら歩いていると、隊長さんはパンと手を叩いた。


「ん。まぁいっか。とりあえず、キミはもうキミ一人の体じゃないんだから危ないことしちゃダメだよ?」

「……はい?」


え?何。俺妊婦?
突っ込んで聞こうとした言葉は、しかし伸ばされた人差し指に指される事で飲み込まれる。正面を見る隊長さんの視線を追うとこちらに走り寄る影が三つ。チラリと視線を送ってきた隊長さんに従い、少し離れた所に下がった。


隊長さんを囲んで話し出した人達の声を何とはなしに聞く。息を切らしながら来たのは隊長さんと同じ会長親衛隊の人達で、外に出た隊長さんを見掛け心配して探していたらしい。謝罪を言いながら彼らを落ち着かせた隊長さんは、ふと何かを思い付いた顔をして俺を見た。


「ご迷惑をおかけしてすみませんでした〜。少しこの子達とお話したいのでこれで失礼します。どうか風紀委員さんもお気を付けて帰ってくださいね?」

「あ、いえ、えっと……、もう一人であまり出歩かないようにされてくださいね」

「は〜い。ごめんなさい」


うぉう。切り替え凄いな。
ニコーッと無邪気そうに笑う隊長さんと、今俺に気付いたとばかりにポカンと口を開く三人に会釈をして既に目の前にあった寮へと入る。事情を説明する声は扉が閉まる事で聞こえなくなった。


そのまま振り返る事無く部屋へと戻り、閉めたドアの前に座り込む。慣れた自室の風景を見てグッタリと壁に凭れた。無駄に張っていた気が緩んで一気に疲れがのし掛かる。何かもう、今日は寝よう。課題は朝やれば良いだろ。うん。

ノロノロと立ち上がり中へ上がると風呂を沸かす。着替えを取りに行く途中、そう言えば先輩は無事帰っただろうかと気になってメールを打った。











暖まった体に更に眠気が増した状態で布団に潜る。暫くゴロゴロと寝返りを打っていると枕元でケータイがチカチカと光っている事に気付いた。届いていたメールは先輩からで、ちゃんと部屋に戻った事と俺には何もなかったかという問いが綴られていた。


「……隊長さんが、迎えに、来てくれました、……っと」


返事と就寝の挨拶を添えて返信し、閉じたケータイを充電器に乗せるとそのまま枕に頭を落とした。布団を被ったからにはもうこれ以上瞼を開き続けられない。枕に顔を擦り付けると、力尽きたように寝る体制に入った。


ジワジワと眠りに落ちる途中一つの考えが浮上する。もしかして隊長さんが俺を迎えに来たのは先輩の指示だったのかな。先輩結構心配性だし。

ふっ、と笑いながら綿毛布を手繰り上げる。明日、ちゃんと心配かけた事を謝ってお礼を言おう。そして隊長さんを夜出歩かせる方が危ないじゃないかと怒らねば。


不機嫌そうな先輩の顔を思い浮かべながら、静かな眠りに飲まれていった。



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