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「ふっ!?……、……!」

「あ、」


ガサッと草の擦れる音と共に素早く人影が立ち上がる。そして止める間もなく走り去っていった。あっという間の出来事に追うこともできず、俺は呆気に取られたまま立ち尽くしてしまった。訳が分からないまま胸を押さえていた鞄を下ろし、状況を整理する。


薄暗い中見えた姿は制服。ここの生徒というのは間違いない。しかし残念ながら顔までは見えなかった。ならばちょっとだけ聞こえた声から判断を、と言いたいが誰かとの違いを聞き分けられる程耳良くなければ調べる時まで正確に覚えていられる程の記憶力も無い。となると今のが誰だったかなんてどうしたって分かりっこない、か。

早々に人物特定を諦めケータイを手にする。先ずは、と先輩のアドレスを呼び出しメールを打った。


『特別棟玄関付近で不審者と遭遇しました。帰りは十分気を付けて帰ってください。』

「よし、と」


次に一応天蔵先輩へも連絡しなければとアドレスを出す。ここにいた言い訳も考えなきゃなぁ、とメール画面と睨めっこしていたら突然着信画面に切り替わった。マナーモードで震えるそれに驚きながら通話ボタンを押す。


「もしもし?どぎゃ、どうしましたか?」

『っ、吉里?』

「はい」


電話の相手は今メールを送ったばかりの先輩。何かあったのかとつっかえながら訊ねればどこか焦ったような声が耳に届いた。


『不審者は?』

「え?あぁ、声を掛けたら直ぐ逃げていきました」

『……じゃあ、何もされてないか?』

「はい。戻ってくる様子も無さそうですし、大丈夫です」

『そうか……。いや、声を掛けたって。何危ない事してるんだお前は』

「えっ、と……。一応風紀としてお仕事を……」

『時間外だろうが』


少し低くなった声に怒気が混じる。それにヒヤヒヤしながらなんで怒られているのか考えた。会話の流れ。そして温厚な先輩が怒る事。……といったら。


「あー……の。……心配をお掛けしてすみません、でした」

『……全くだ』

「あはは……」


やっぱり心配させてしまったらしい。メールが言葉足らずだった事を反省してもう一度謝った。


『無事なら良い。……暫く何処かに隠れて待っていろ。ああ、知らない奴が来たら電話しろよ』

「は?えっ、あ。ちょっ……」


返事する前にプツッと通話が切れてしまう。
隠れるって、何で?
疑問符を浮かべながらも取り敢えず一度不審者のいた辺りを調べ、そこから少し離れた校舎と背の高い草の間に座り込む。待つってどれくらいだろうと考えながら忘れぬ内にと仕舞ったケータイを取り出しメールを打つ。それを天蔵先輩へ送り、明日また話を聞くという返信を確認してから壁に背を付けた。


この棟は風紀と生徒会以外の生徒は侵入禁止。そんな場所の前で『風紀』と名乗った俺から逃げたという事はたぶん一般生徒。しかも、見付かっても精々注意をするだけなのにあれだけ慌てて去ったという事は少なからず疚しい事を考えて来たという事。ついでにさっき不審者がいた場所の上には明かりが付いた生徒会室が見える。何か仕掛けられたりとかは暗くて微妙だけどたぶん無い。

一人仕事を終えて帰る先輩の出待ち、って感じかなぁ。


立てた膝に顎を乗せてそう纏める。
出待ちってアイドルみたいだな。……この学園じゃ強ち間違っていないのか。ひょっとしてこの前の歓迎会の日、生徒会室まで来た人と同じ人物だったり。かもなぁ。中が駄目なら外で待つしかないし。
推測でしかないから実際は分からない。でも合っているなら先輩が危ない?隊長さんに迎えに来てもらった方が良いかもな。けどこんな暗い中来させるのは隊長さんが危ないし……。
悩んでも良い答えが出ず首を掻く。……先輩なら何か考えている事だろう。たぶん。
うん、と無理矢理納得させて考えるのを打ち切った。


隠れてからどれくらい時間が経っただろう。十分もしないと思うがちょっとうとうとしてきた。欠伸を漏らして浮き出た涙を拭っていると、誰かがこちらに駆けてきている事に気付き身を潜める。
まさかさっきの不審者が戻ってきたのかと肝を冷やしたが、足音と共に聞こえたのは聞き覚えのある声だった。



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