変わらぬ日常

積み重なる書類。絶えない諍い。対応に追われ磨耗する体力と気力。色んな物を抱えて風紀委員は今日も風紀室に向かう。


「……吉里や、休みはまだかね」

「……東雲君、今取ってきたばかりじゃないですか」

「ですよねーー。……」


ガクンと頭を落として机に倒れ込んだ東雲君。その隣に座りながら俺も肘を付いた手に額を乗せて溜め息を吐いた。
新入生歓迎会後、少しは落ち着くかと期待した学園は、以前にも増してそわそわとした雰囲気が漂っている。残念な事にあの鬼ごっこはストレス解消にはならなかったらしい。寧ろ逆効果、か。

備え付けの冷蔵庫から出してきたばかりのパックジュースにストローを刺しながら隣を見る。唸る東雲君はなかなか頭を上げられないでいるようだ。文句だか愚痴だかを呟く様はなんとも不気味に見える。仕方無いと言えば仕方無い。このあまりの忙しさにちょっと壊れかけているのだ。東雲君だけじゃない。今この風紀室にいるメンバー全員目が死んでいる。勿論自分も含めて。
ふっ、と自嘲めいた笑みが口から零れた。


「行事の後が、こんなにまで大変になるとは思いませんでした」

「次、行事何あったっけ……」

「考査と、スポーツ大会、ですね」

「……スポーツ大会」


めんどくせーっ、と小さく掠れた声で言う東雲君に同意して頷く。
頑張って働いても改善される気配の無い校内の喧騒に、疲労で陰鬱とした風紀室。気は滅入るばかりでやる気も削がれる。そして更にまた血気盛んな行事をやるならばこの状況をもっと悪化させるのでは、という危惧しか湧かない。

もう一度チラリと目線を向ければうんざりとした色の目と合った。同時に溜め息を吐いてそのまま無言で仕事を分け合い机へ向き直る。積まれた紙の束を手に読みたくないなと眉根を寄せた。
何とは無しにペラペラと捲った意見書という名の愚痴の羅列には必ず『転入生』の言葉が入り込んでいる。顔を顰めた東雲君がゲシュタルト崩壊起こしそうだと眉間を揉んだ。自分も米神を押さえながら流し読みを続けるが全然終わらない。心無しか以前より量と内容が増えた気がする。


「確か取り巻きさんの何人かは転入生から離れたと聞きましたけど……」

「あー、言ってたな」

「なのに何でまた転入生の風当たりが強くなったんですかね」

「あー……新歓で転入生に飛び掛かろうとした奴等を取り巻きが庇ったんだと」

「飛び掛かっ……?……そりゃ、咄嗟に庇いもしますよ」

「なぁ……」


同じように読んでいた東雲君が遠い目をするのを横目に項垂れた。危害を加えれば加える程転入生の事を心配した取り巻きが余計にべったりになるのは当たり前である。どうにかしろ、という字を見詰めながら、じゃあ大人しくしてくださいと心中吐き捨てた。実際言っても反論ばかりで聞く耳を持ってもらえない言葉である。


「もう誰が誰と仲良くしようがほっときゃいーじゃねぇかよー……」

「ですよねぇ……」


それが許されないこの学園の環境は本当に面倒臭い。美形だろうが役職ついていようがただの高校生じゃないか、と思うんだけどなぁ。
そもそも、何で転入生の周りに集まるのは美形な人ばかりなのだろう。出会ったのは一瞬過ぎてよく分からないけれどよっぽど魅力のある人なんだろうか。
等と考えながらそう言えば東雲君も美形で風紀じゃなきゃ親衛隊出来ていたんだったという事を思い出した。


「東雲君も、もし転入生と会ったら取り巻きさんになるかもしれないんですかね」

「いやねーよ」

「そうですか?」

「取り敢えず見掛けたら全力で殴ると思うわ」

「……東雲君のパンチはそうとう痛いんですが」

「痛くなきゃ意味ねーだろ」


パンっと平手に拳を打ち当てた東雲君が顔を歪めて笑う。どう見ても悪役でしかない。転入生可哀想、と呟きジトッと見詰めていると東雲君は少し罰が悪そうな顔をして手を下ろした。


「……これでも一応同情もしてんだぞ?」

「本当ですか?」

「ホントだって。外部って事はたぶんノンケだろ?なのに男に囲まれ男に嫉妬されるとか、さぁ。せめて囲むのが女子ならそれなりに楽しいだろうになぁ、とか」

「あー」

「でもそしたらモロにギャルゲだな。……だなぁ」

「……あー」


最後に声色が変わった事に気付きしまった、と手が止まる。うっかり何かのスイッチが入ったらしい東雲君が書類を机に放り投げて腕を組んだ。それにあーあ、とこっそり嘆息しながら書類チェックに戻る。ゲームの簡単な粗筋みたいな話を始めた東雲君に適当に相槌を打ちながら書類を捲り進めた。
ギャルゲかー、いっぱい持っていると言っていたな。面白さはよく分からないけど。何にしても程々で止めなきゃなあ、と考えながら字から目を外し、正面の光景を見て慌てて元に戻した。


「でもホント、囲んでくるのが女子だったら羨ましい状態だよな」

「……東雲君。……東雲君!」

「確かに取り巻き連中のキャラはそういうのによくいそうな感じだし」

「し、…………」


あー……、と胸の内で呟いて目の前の書類に目を通しながら正面の様子を窺う。
……小声で何度か呼び掛けたんだ。気付かなかった東雲君が悪い、とそっと顔を背けた。


「あー、そうだ。今度それ系のゲーム一個貸そっ、」

「随分と余裕のようだな。東雲」

「っ、え?……い、委員長……っ」


東雲君の引き攣った声が聞こえるが顔は上げられない。怖いんですよマジで。
書類の隙間で天蔵先輩が机の前に笑顔で仁王立ちしているのが見える。
仕事中のお喋りは特別禁止されていないが手を止めてはいけない。書類も筆記具も持たないで話す東雲君は完全にサボりでしかなかった。怒られても庇うのはちょっと難しい。助けてほしいという空気をヒシヒシと感じるが無理だ。仕事増やされるとかなら手伝うから許して。


「まだそんなに元気なのならこの後の組手訓練、一年の相手全員頼もうか」


あ、それは手伝えないや。
ごめん、と心の中で謝罪も込めて合掌し、手を動かす。上擦った声で返事をする東雲君と天蔵先輩の会話を聞きながら紙に必要事項を書き記して籠に入れた。

こうして仕事をこなしていればいつかちゃんと平穏な学園生活を送れるだろうか。また数枚追加された書類を見て深く細い息を吐く。無理かな、と呟いて目を伏せた。


今日もまた、変わらず忙しい一日が過ぎていく。



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