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夜。昨日の事からいつもより周囲に用心して生徒会室へ行って、いつものように食事をして、そのまま何事もなく自室へ帰り着いた。ちょっと拍子抜けしたがほっとして部屋に入り一息吐く。
課題も終わらせてやる事も無いし風呂から上がってさぁ寝るか、と思った所でケータイが鳴った。表示されたのは妹がいる寮の番号。また何かあったのかと世話を焼けば単に声を聞きたくなっただけだと言われて脱力する。そのまま取り留めの無い雑談をしながらベッドに寝転がった。


「あ、そっちは何もおかしかこつなかね」
(「あ、そっちは何もおかしな事無い?」)


妹がいるのはこの学園の姉妹校女子中等部。ここみたいに特殊な環境ではあるみたいだから何かしら俺らに馴染みない規則や習慣があるのではないか。……まさか今あっている騒動みたいな事は起こっていないと思いたいが。


『おかしかこつ…』
(『おかしなこと……』)

「……何かあったと?」
(「……何かあったの?」)


考える素振りに不安になりクッションの毛玉を取る手を止め訊ねる。このぼんやりした妹がもし変な事に巻き込まれたらどうなるのか。まさか苛められたりしてないよな。そんな嫌な想像にハラハラする俺の耳へ間延びした声が届いた。


『んとね、なんか、学校で先輩にスカーフ交換せんねって聞かれてー』
(『んとね、なんか、学校で先輩にスカーフ交換しない?って聞かれてー』)

「うん」

『したら明日香(あすか)ちゃん……あ、お友達ね。にでけんって怒られた?ことくらい、かな?』
(『そしたら明日香ちゃん……あ、お友達ね。にダメって怒られた?ことくらい、かな?』)

「……怒られたと?」
(「……怒られたの?」)

『うん。何でだったとかなー』
(『うん。何でだったのかなー』)

「うーん?何でだろ?」


スカーフって制服のだよな。交換の理由もそれで怒られるというのもよく分からないけど、苛めとかでは無さそうで少しほっとする。


「お友達には何でて聞いたと?」
(「お友達には何でなのか聞いたの?」)

『んー、なんか風習がどうてろて言いよらしたばってん、バタバタしとったけん説明はまた今度て言われたと』
(『んー、なんか風習がどうとか言っていたけど、バタバタしてたから説明はまた今度って言われたの』)

「風習?」

『うん』


あー、やっぱり向こうも独特な世界ではあるんだな。女の子ばっかりだからここ程危ない事は無いと思うけど……。取り敢えず変な事じゃないと良いね、と返してケータイを持ち直した。


「お友達って前言いよった人?」
(「お友達って前言ってた人?」)

『うん。……方言聞かれちゃった子』


困ったように、しかし嬉しそうな様子を多分に含んだ声でその子について話す妹に自然と笑みが浮かぶ。


「よくしてもらいよるごたんね」
(「よくしてもらってるみたいだね」)

『うん。なんかたまにお母さんみたいなの』

「お母さんて……。せめてお姉ちゃんって言いなっせ」
(「お母さんって…。せめてお姉ちゃんって言いなさい」)


何と無く、その友達の気苦労を察して頭を押さえる。何か、ごめんね。
コロコロと笑う声に苦笑していると兄ちゃんは?と訊ねられ首を傾げた。


「ん?なんが?」
(「ん?何が?」)

『変なこと、なかった?』

「んー……」


シーツの皺を伸ばしながら何と言うかちょっと考えて、そうだ、と少し明るめの声を出した。


「昨日俺んとこも歓迎会のあってたい、兄ちゃんも……仲の良か人増えたよ」
(「昨日俺んとこも歓迎会があってね、兄ちゃんも……仲の良い人増えたよ」)

『ほんと……!』


隊長さんを友達と言って良いのか分からないが仲良くしてね、と言われたのだからそう位置付けさせてもらってもたぶん良いだろう。自分の事のように喜ぶ妹の様子が電話越しに感じられて目を細める。


『あ、ねぇ。前言いよった人は?』
(『あ、ねぇ。前言っていた人は?』)

「前て?」
(「前って?」)

『方言聞かれた人。会えよる?』
(『方言聞かれた人。会えてる?』)

「……うん。最近は夜一緒に食いよるよ」
(「……うん。最近は夜一緒に食べてるよ」)


口が勝手に緩むのを感じながら答える。グニグニと頬を揉んでいるとへぇ、と小さく驚いたような声が聞こえた。


『兄ちゃん、すごく嬉しそう』

「そう?」

『うん。よっぽどよか人とね』
(『うん。よっぽどいい人なんだね』)


柔らかい笑い声でそう言われてなんか照れる。締まりの無い顔が見えている筈ないのに悟られている気がした。
恥ずかしさを振り払うよう、もう時間だ、と残念がる妹に別れを告げ電話を切る。ケータイを充電器に差し、寝返りを打って枕に顔を埋めた。


妹には誤魔化したけど、変な事、無くはないな。うん。
妹の方を心配した原因であり、葵君達が不満を持つ転入生のドタバタ騒ぎ。終息はいつだろう。もうこのまま静かになってはくれないだろうか。


今日もまた一人、沢山の書類に囲まれていた人を思い浮かべる。邪魔になったり、逆に拗れさせるような事になったら嫌だけど。


「……ちっとでん、役に立つこつしたかねぇ」
(「……少しでも、役に立つ事したいなぁ」)


触れていた髪をクシャッと掴んで離す。その後しばらくぼーっとしてから立ち上がり照明を落として布団を被った。


ゴロリと仰向けになって暗い闇を見詰める。何となく、騒ぎはまだこれからなんじゃないかというザワザワとした不安を瞼を閉じる事で抑え込み、ゆっくりと夢の中へ沈んでいった。



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