嵐の前

歓迎会が終わり人心地ついた次の日のお昼。体を動かした事で少しは落ち着いたような、逆に気が立っているような。そんなちょっと判断が難しい雰囲気の一般寮へ今日はお邪魔している。今日の見回り当番は午前中に終わり、後は遊べるからと葵君達と約束していたのだ。
今回東雲君はアニメを見る為。藤澤君も何か用があるという事で久し振りに三人だけで遊ぶ。そうしてワクワクとしながら来たのだが。少しざわつくフロアを壁一枚挟んだ外の手入れが行き届いた庭。そこに設けられたベンチに座った葵君を前に、俺は困り果てていた。


「えっと……葵君?」

「…………」


約束の場所に来てからずっと、葵君は頬を膨らませてだんまりのまま。話しかけても口を噤んでそっぽを向かれてしまう。理由が分からずオロオロとしていたら隣で怜司君が深い溜め息を吐いた。


「葵ー。あんま悠真困らせんなよ〜」

「……わかってるよ」


あ、喋った。
腰に手を当てて呆れた声を出す怜司君に小突かれて葵君がチラリとこちらを見る。それにほっとして笑い掛けると困ったように眉を下げられた。


「……ごめん。ちょっと、すねてた」

「いえ、それは良いんですけど……」


どうして?と首を傾げると口を尖らせた状態で気不味そうにぼそぼそと話し出した。


「……さいきん、あんまり遊べてないから。……忙しいのはわかってるけど!でも!……ちょっと、さみしかった、から、」

「あ……」

「きのうも、けがとか、してたのに、心配するひまも、なかったし……」

「葵君……」

「だから!」


急に大きな声を出して立ち上がった葵君に仰け反り転け掛けたのを怜司君に支えられる。勢いに押されて目を白黒させる俺の前でグッと拳を握った葵君が決意に満ちた目で見上げてきた。


「てんにゅーせいなんてとっととなんとかして、いっぱい遊ぼう!」

「は、はい……」


手伝うから!と息巻く彼をどうどうと落ち着かせて座らせる。葵君を挟んで俺と怜司君も座ると早速何を手伝えるかと詰め寄られた。怜司君まで軽い調子でノってきて頭を悩ませる。


「えー、あー……。お二人は転入生について何かご存知ですか?」


手伝うと言ってもらえるのは嬉しいが、どちらかというと俺自身も手伝う側だ。よく分からないし、何より危ないかもしれない事を二人にさせる訳にはいかない。当たり障りないようにと尋ねると事情収集だねっ、と葵君の目が輝いた。


「んーと、きのーの歓迎会でまた暴れてたってきいたよ」

「そうですか……。怜司君は?」

「俺も同じコト聞いたな。なんかデカい木薙ぎ倒したとか壁殴り壊したとか?」

「え゙」

「そーそー。んで怪我人いっぱいでてたってゆってた」


擦り傷とか大した事ない怪我人は確かに多かったけど、木が倒れたとかは聞いていない。壁は以前鬱憤晴らしで壊された所が悪化していたとは言っていたかな。


「何かビックリしてるけど、ひょっとして聞いてないのか?」

「えっ!風紀もしらない情報だった?」


嬉しそうに聞いてくる葵君。そしてその頭に顎を乗せた怜司君は不思議そうに目を瞬かせる。


「えっと……現場を実際に見たりとかは……?」

「う……。してなーい……」

「あー……。その話を教えてくれた人達は見ていたのでしょうか?」

「いやぁ?また聞きっぽかったぞ」

「っでも、ほんとに木たおれてたり壁こわれてたってゆってたよ!」


力強く言ってくる葵君には悪いが信憑性は微妙、かな。木については何も聞いていないし、壁は確かに一部壊れたとあったけどそれに転入生は関係なかった。
でも実際、転入生について聞くのは噂話ばっかりなんだよな。直接見たって人の話、あまり聞かない。風紀のメンバーも彼に話を聞こうとしても直ぐにどこか行ってしまうとかで本人から事情聞けていないし、被害者の話も最終的に文句ばかりで誇張入っていそうな喋り方だし。

うーん、と思考を飛ばし掛け、感じた視線に意識を戻す。少し緊張したように見上げる葵君の姿を見てふと力が抜けた。


「貴重なお話ありがとうございます」

「……へへ」

「怜司君も」

「んにゃ。またなんか聞いたら教えるわ」

「ぼくも!」

「……聞いた時だけで良いですからね」


ニコニコと笑って抱き付いてくる葵君に呉々も危ない所には首を突っ込まないようにと言い聞かせて立ち上がり、さぁ遊びましょうと手を鳴らす。じゃあ甘い物を食べに行こう、と駆け出した葵君を追おうとしたらポン、と背を叩かれた。


「転入生のせいで落ち着かないっちゃ落ち着かないけど、あんま無理すんなよー」

「……ありがとうございます」


見下ろす怜司君とヘラっと笑い合い呼ぶ葵君の方へ向かう。その後は転入生等の事は忘れ、夕方まで遊び倒し楽しい気持ちのまま自室へと戻った。



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