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「いやぁ、いい子だったねぇ全く」

「…………」

「僕が手を握ったり抱きついても鼻伸ばしたり赤くもならない子って初めてじゃない?余裕なかっただけなんだろうけど。んもう困った顔かわいかったーっ」

「おい」

「あらやだ不機嫌っ!僕があの子にベタベタしてたからって嫉妬?狭量だねぇ」

「……何でそうなる」


後輩を送って戻ってきた友人が肩を竦めて見せる。あぁ、これだからこいつに知られたくなかったんだ。
玄関で喜色満面な顔で話す相手を冷めた目で見下ろす。この様子では何を言っても面白がってろくな会話にならない。今まで彼について何も話さなかった事を一通り詰った友人は腰に手を当て見上げてきた。


「後々のこと考えたら隊にあの子のことしっかり話して納得させた方がいいんだけど。一部除いて僕らが話せば一応ちゃんと聞く子ばっかだし。でも、……今は、ねぇ」


一度言葉を切って大きく息を吸い、細く吐き出しながら呟いた友人が目を細める。頭を振って首を掻く姿には先程までふざけていた様子は微塵も無い。学園の現状を嘆き憂う友人は笑みを消し鋭い視線をこちらに向けた。


「……さっき、生徒会室に露木(つゆき)先輩がきた」

「…………」

「あの子は見られてないから安心しなよ」

「……そうか」


見張った目を閉じ小さく息を吐く。そして名前から思い浮かんだ顔に眉間へ力が入った。自分の親衛隊の一人。以前より、目の前で同じように顔を顰めるこいつからあまりよくない気がすると話には聞いていたが。


「侵入経路とかは後でオリくんが送るって」

「分かった」

「……今なら下手に隊を刺激させらんないから見付かっても罰与えられないってわかってきたんだと思う」

「…………」


零れた溜め息はどちらのものか。靴底で砂が擦れる音が嫌に耳に障る。ごたつく学園内で、騒ぎに乗じて誰もが何をしようとしているのか。いや、この騒ぎこそ何が引き起こしているのか。


「いっそ見せしめとして一発スコーンと殴れたら少しはスッキリできんのにー」

「……万里」

「わかってますよー」


口を尖らせて鼻を鳴らした友人は軽い声で手をひらめかせた。漂う重い空気を払うように体を伸ばし脱力するのを壁に寄り掛かって見る。友人は肩を揉みながら天井を仰ぎ口を開いた。


「んー……、たぶん流石にもう生徒会室にはそうそうこないと思う。けど、わかんない」

「…………」

「くれぐれもあの子見付かんないよう気を付けてよ」

「分かってる」


何がどう動くか分からない。だからこそこれ以上無用な騒ぎだけは起こすまい。彼を渦中に置く事になるなら尚更。
踵を鳴らし背筋を正した友人がふと何かを思い出したように手を叩いた。


「あ、後、今日新聞部が動いたってさ」

「そうか」

「あそこがいっちばん意味わかんないよねぇ」

「あぁ……」


新聞部。元よりゴシップ関連が好きで稀に風紀が手を焼いていたが基本は大人しい倶楽部。しかし去年からトップが顔を出さずにいるという事で密かに警戒していると聞く。それに今回の事についても関係しているのではと言っていたが……。
考えに浸り掛けた耳にそう言えば、と友人の声が響いた。


「さっきなんでマジ電話出なかったのさ。僕が先に着いたからよかったものの、あの子見付かってたらどーすんの。あっぶない」


呆れと怒りを滲ませた視線が突き刺さるように向けられる。それから目を逸らし泳がせているとより怒りが増す様子が感じ取れて溜め息を吐いた。


「おいコラ。聞いてんの、」

「……寝てた」

「…………ほ?」

「…………」

「寝てた?アンタが?電話に気付かないくらい?」


友人は目を見開いた後三日月型にしてほー、と嫌な笑みを浮かべる。


「何だ気持ち悪い」

「しっつれいな。んーまぁ、とりあえず似たよーなことあったら吉里くんに連絡とることにするわ」


喉で笑った友人が扉に向き直りノブへ手を掛ける。そして顔だけこちらに向けると口角を上げたまま口を開いた。


「じゃ、お二人さんのお邪魔だけはしないよう気を付けるよん」

「おい、お前。さっきから何か勘違い……」

「ほんじゃね〜っ」


最後に笑みを残した友人は軽やかな音を立て部屋を去る。一人玄関に残され、感じた疲労感に垂れた髪を掻き上げた。友人は彼との関係を何か自分の面白いように解釈しているようだ。
どう解いたものかと考えながら何の気無しに目元を擦り、不意に触れられた掌の感触を思い出して口が緩む。仮眠室での時と同様、珍しくよく眠れそうだと目を細めて玄関の明かりを消して奥へ戻った。



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