3
笑顔を向ける隊長さんの後ろで先輩が疲れたように項垂れる姿が見える。先輩が話した、というよりどっかで疑われていてついにバレたとかそんな感じなのだろうか。なら。
「すみま、せん……」
とっとと逃げときゃ良かった。結局迷惑掛けたと青冷めながら近付いてきた先輩を見上げる。
「……大丈夫だから」
溜め息を吐いてポンポンと頭を叩かれ撫でられた。先輩、落ち着かせようとしてくれているんでしょうがそれ寧ろ色々悪化すると思うんですけど……!
落ち着くどころか更に血の気が引き始めた俺に更なる追い討ちが。
「もー、タカってばなにこんな純朴そうな子囲ってんの」
「何が囲うだ」
かこって…?かこう。加工、火口……囲う?……え。まさか愛人とか思われていたりすんの?
「っ、そ!」
「やっだなー。もー、冗談じょうだーん」
「…………」
軽く手をヒラヒラさせる隊長さんに脱力する。帰りたい。それが無理ならもういっそ泣きたい。
心臓に悪い状況を前に既に泣きが入った状態で固まっていたら、クルリとこちらを振り向いた隊長さんが驚いた顔をして抱き付いてきた。
「っう、わ」
「あー、ごめんごめん!そんな怯えないでよう吉里くんっ」
「え」
「……おい」
先輩が隊長さんの襟首を掴んでベリッと俺から離す。え。今、何か、俺の名前、呼んだ?え?
「……何故名前を知っている」
「ふっふっふ。オリくんの情報収集能力をなめるなよっ」
「だからって、」
「後輩と飯食うとだけ言ってどんな子か教えてくんないんだもん。そりゃ余計気になるって!」
「……はぁ」
額を押さえて唸る先輩。取り敢えず夜誰かと飯食ってるっていう事は話していたのか。まぁ遅くまで帰らない理由くらいは言うよね。俺も東雲君に夜は人と会っているとは話しているし。そんな感じか。でもどっかで誰かに俺の姿見られていたという事だよね。そんで名前まで知られていて、て言うか今正に見つかっちゃって……あー。
色々あり過ぎて逆に変な感じにちょっと落ち着いてきた。中途半端に上げ掛けて硬直していた腕をゆるゆると下ろす。さて。……じゃあどうなるんだ、これ。
「あ、あの……」
「んー、さっきのアレでここじゃなんだし、とりあえずタカん部屋行こー」
「は?」
またがっしり手を掴んだ隊長さんがレッツゴーと扉へ向かう。状況についていけていないのに連れ出されようとする俺。待って。ついて行って良いの。て言うか何なの。
視線で先輩に助けを求めようとしたが、それより早く隊長さんが後ろを振り返った。
「あ、吉里くん僕の護衛で来たってことで行こうね。タカはこれとその辺片付けてから帰ってねー」
「え?わっ」
何かの封筒を投げやった隊長さんに力強く手を引かれて生徒会室を出る。閉まる扉の先で、先輩が深い溜め息を吐くのが見えた。……だからもう、どうしろと。
んじゃ護衛っぽくしてね、と言われて質問する事もできず。これマジで俺禿げるんじゃね、と覚束無い足取りで寮への道をふらふらと歩いた。
・
・
・
あれよあれよという間に着いた寮で、隊長さんに引っぱられてそのまま入っちゃいました先輩の部屋。わー。同じ一人部屋の筈なのに内装違うしすげぇ広い。個室も多いな……。
等と現実逃避としている間に寛ぐ隊長さんの横に座らされ笑顔を向けられる。
「はじめましてっ。僕は蓮見万里(はすみ ばんり)。知ってるだろうけど会長親衛隊隊長してまっす!」
「は、はじめまして。吉里悠真です……」
「よろしくね〜。ねぇねぇ、アイツとはどんな感じで会ったの?あ、ひょっとして入学式ん時にメシ食わせたのも吉里くん?」
「え、あ、は、い……」
「やっぱり〜?もーアイツぜんっぜんきみのコト教えてくんないからさぁー」
「は、はぁ……」
なんか、学園で見掛けるのとかなりギャップがあるんだけど……。葵君も穏やかな人だとか言っていた気がする、のに。テンション高く話してくる隊長さんにそうして今までの事やら趣味やら何やら質問責めにあってヘトヘトになった頃、やっと先輩が帰ってきた。
「遅い!」
「……仕事増やしたのは誰だ」
「僕だねっ」
明るくサムズアップする隊長さん。笑顔が眩しいです。対して先輩は態とらしく大きな溜め息を吐く。しかし隊長さんはを全くそれを気にせずテーブルの下から何かを取り出した。
「お腹すいたー。今日デリバリーって言ってたよね。吉里くん何頼むー?」
「え、あ、……じゃあ、これ、を」
「他は?これだけじゃ少なくない?」
「いえ、十分です……」
「んー少食だねぇ。あ、タカはてきとーに頼むから」
電話電話〜、とメニューを片手に玄関先へ引っ込んだ隊長さんの後ろ姿を見て、音を立ててソファの肘掛けへ突っ伏す。何か、すげぇ疲れた。元々ギリギリだった体力的にも精神的にも。飯ももうあんまり入る気がしないわ。
ぐったりしていると大丈夫かと先輩に尋ねられた。組んだ腕の隙間から力無く目だけで見上げると苦笑して謝られる。
「……隊長さんに、知られていたんですね」
「あー……、悪い。名前とかは伏せていたんだが……」
「それをどこで知られたのかも気になりますが……制裁される、という感じでは無いみたいですけど……」
「あぁ、それは大丈夫。あいつはそういう事はしないしさせないさ。あいつ以外の親衛隊員には何も言っていないし」
ほんとかよ、と疑おうとしたが先輩がそう言うならそうなんだろう。そうじゃなきゃ誰かと会っているなんて話すらしないだろうし。信用していい、よな。ぼへっとしていたら隣へ座って慰めるよう頭を撫でる手に、ずっと入り通しだった力が抜けた。
あー、うん、もう良いか。ばれたもんは仕方無い。隊長さんの心の内はよく分からないけど態度は好意的だし。大丈夫なんだろ、信用しても。たぶん。あぁ、でも何かあったら風紀にも迷惑掛かるよな。それもだけど葵君達に何と言えばいいのか……。……もしあれだったら引き籠るか。最近授業もあんまり出られていないし。最低、テスト受けてりゃなんとかなんだろ。
なるようになれと投げやりに開き直って体を起こす。グッと背を伸ばしてから脱力したら伸ばした足に何か当たった。見たらメニューがテーブルの下に落ちている。内一冊を手に取り、そう言えば、と首を横へ向けた。
「先輩、メニュー伝えなくて良かったと、……良かったんですか?」
「ああ。別に何でもいいからな。お前は何を頼んだんだ」
先輩の質問にメニューを開いて指を乗せる事で答える。すると先輩はちょっと目を見張って首を傾げた。
「うどん?」
「はい」
「……遠慮してるんじゃないだろうな」
「いえ、久し振りに食べたくて」
釈然としないという様子の先輩。まぁ、昨日までちょくちょくメニュー見ては何食べようかずっと考えていたもんな。一度は食堂の高いやつ食べてみたかったからつい見入っていたけれど結局選んだのはうどん。数あるメニューの中でも安いやつ。
確かに奢ってもらうのだから高すぎない物を、と思ってはいたけど、今回はそれ以上に別の理由が強かった。
「流石に作っても生徒会室まで持って行けないじゃないですか。うどん」
「まぁ、なあ」
「後は……あんまり高いものは口に合わないみたいなんで……」
頭を掻いてははは、と笑う。キョトンとした顔の先輩を見上げ、眉を下げたまま口を開いた。
[ 67/180 ]
[←] [→]
[しおり]