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「こ、んばんは。風紀の者です」


書類を分類していた手を止め軽く頭を下げる。どうにか笑って言って見せたが、今俺心臓超ヤバい。は、ちょ、どうしよう。
ここに来るようになって初めての他人との遭遇。閉まった扉を背に小首を傾げて俺を見るこの人は確か生徒会長親衛隊隊長だ。


「風紀?」

「っはい。今日提出の書類を出し損ねてしまって……。誰も部屋にいらっしゃらないようでしたのでこっそり置かせていただいておりました」


意外にスラスラ言い訳が出てくるもんだ。自分はあくまで仕事で来ていただけだと手にしていた紙の端を揃え直して机上に並べる。手が震えて上手く揃わない。それでも顔だけは必死に平静を装った。


先輩仮眠室行っていて助かった。一緒にいて、更に飯食っている時だったりしたならもう言い訳のしようもないところだ。
……とは言っても。風紀とはいえ一人で会長がいる生徒会室に侵入したとかヤバい。んで忘れていたけど隊長さんって確か先輩の恋人さんだったよな。やばいやばいヤバイ。


「そうなの?」

「はい。今日はもう時間外と分かってはいましたが慌ててしまって……。すみません、直ぐに出ます」

「あ、」


兎に角逃げよう。先輩なら何も言わなくても隊長さんがいる事で色々察してくれる筈。変な誤解させてしまう前に出て行かなきゃ。
パニクりながら荷物を掴み出口へ体を向け足を進めようとした。が。待って、と呼び止められる。柔らかな声ながら凛とした響きに足が止まってしまった。


「風紀で大人しそうな子……。ね、君ひょっとして……」

「……っ」


耳の奥でゴクッと息を飲む音がやけに大きく聞こえる。ジイッと俺の全身を観察するよう動いていた視線と、ひたり目が合った。どうしよう。どう逃げよう……。
心臓の音がバクバク響いて頭がワンワン鳴る。蛇に睨まれたように動けないままゆっくりと開かれる口に釘付けになった瞬間、扉から高いノックの音が鳴った。


「っ!やっば!!君っ、ちょっと隠れて!」

「っへ」

「早く!」


声を潜めて早口に捲し立てた隊長さんにグイッと引っ張られて執務机の下に押し込まれる。目を白黒させている俺を見下ろした隊長さんは凄く真面目な顔で立てた人差し指を口に押し当てた。


「喋っちゃダメだからね」

「は、え?」

「しっ。…………」

「失礼いたしまぁ……す」


何だ何だとパニクっていると扉の方から隊長、と少し驚いた声がした。何だ今日は。お客さん多いなおい。


「どうしましたか?ここ、一般生徒立ち入り禁止ですよ?どうやってきたんですか?」

「……。すみません。ぼく、会長さまが心配でぇ……」

「謝罪は結構です。どうなんですか」

「ごめんなさぁい」


聞こえる会話的に生徒会役員の誰かが戻ってきた、とかではないようだ。隊長って呼んだという事は親衛隊員?……俺益々ヤバいじゃん。
頭上で詰問と謝罪が交錯するという焦っても身動ぎ一つとれない状況でギュッと体を縮める。どうしようどうしよう、という言葉だけが巡る頭に静かな会話が差し込んできた。


「会長は今外に出ています」

「そう、ですかぁ……」

「はい。しっかりされているので心配なされなくても大丈夫ですよ。だからもうお帰りください。誰かに見つかると大変です」

「……はぁい」


ピリピリとした空気で部屋が張り詰めていくのを肌で感じる。肌寒い気がして身を震わせ息を飲んだ。目の前の足が動いて扉の方へ向かう。


「会長が心配なのは分かりますが、あなたがしたことは他の隊員からすればただの抜け駆けです」

「……はい、わかっています。すみませんでしたぁ」


隊長さんと話している人の声色は他の親衛隊の人達と同じで高く甘ったるい。耳に余韻を残すような喋り方は、けれど微かにトゲがあるように感じた。隊長さんが低く叱りつけるように話す声は背筋が伸びる感じに怖いけど、この人の声は、優しい雰囲気なのに何かねっとしとした感じで恐い。……どっかこの辺に脱出用のボタンとか無いかなぁ。……無いなぁ。


「もう、来てはいけませんよ?」

「……わかりましたぁ」


固い木越しに聞こえた会話が終わり、静かに扉が閉まる音がする。ほぅ、とそちらから息を吐く音が聞こえて俺も同時にちょっとだけ力を抜いた。


「よーし。もーいいよ。出ておいでー」

「……っ。……は、っい」


しくった。ぼけっとしてないでとっとと出ていきゃ良かった。いや今外隊員さんがいるか。……どうしようもねぇ。
手を引かれてズルリと机の下から這い出る。逃げようにも手をしっかり握られていて動けない。何で。
一応、先輩に会いに来たっていうのはバレていない筈。それにさっきのは隊員さんに見付からないようにしてくれたんだよな。だったらたぶん敵意は無い、よね。


でも考えてみれば先輩仕事三昧な上後輩と飯食って帰るとか恋人に会う時間がっつり減るじゃん。そんなん知られたら俺恨まれても文句言えないよ。て言うか俺が怒られるだけならまだしも先輩と隊長さんで修羅場繰り広げられたりしたらどうすりゃ良いの。


冷や汗が背中をだらだらと伝う。うっかりボロを出す前に帰りたい。なのに、気のせいか何かキラキラした目で顔を覗き込んでくる隊長さんは俺を離す気は無いようで……。ねぇ、どうしろと。
何か聞かれる前に誤魔化して逃げなきゃ、と焦って飛ばした視線の先で、助けなのか止めなのか仮眠室の扉が開いた。


「ん?お、タカだ。何。そこにいたの」

「……万里?」

「イエース。万里くんですよー。はーもう、電話くらい出てよ。毎度毎度大事な時に出ないんだから」


貼り付けた笑顔が引き攣ってザッと血の気が引くのを感じる。俺の手を漸く離した隊長さんが先輩の方へ向き直った。逃げるなら今かもしれない。足元の荷物を掴むため固まる体を無理矢理動かそうとしたのだが。


「んで。ねぇ、ひょっとしてひょっとしなくてもこのコ?最近会ってんの」

「…………」


隊長さんの言葉にブワッと毛が逆立つ。え。知っているんですか誰かと会っていたって事。目を見開いて先輩へ向けると苦い顔をして隊長さんを見下ろしていた。


「無言ってことはそうなんだね」

「…………」


はぁ、と吐かれた先輩の溜め息が遠く聞こえる。何故か高い声で歓声を上げテンションまで高くこちらを見た隊長さんの顔を見ながら、どうする事も出来ず立ち尽くした。



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