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これで質問も終わり。これ以上いても仕方無いという事で山本君は幾島君に肩を借りて帰る事になった。


「では、どうかお気を付けて」

「……どうも。それじゃあ失礼しました」

「じゃあな。失礼しましたー」

「……で?召集は何だったんだ?」

「んー、なんか部長が何か言ってきただのなんだの」

「……あの謎の、って言われてる?」

「そうそう、」


パタン、と戸が閉まると途端に静かになる。なかなか騒がしかったなぁと二人を見送った俺は、まだ保健室にお邪魔している。東雲君に保健室にいると言ったら擦れ違うと面倒だから待っていろ、と言って切られてしまったのだ。確かにとケータイを閉じて藤澤先輩にお窺いを立てると快く了承してもらえた為今はお茶とお菓子をいただきながらまったりと過ごしている。……これ、サボりじゃね。……バレなきゃ良いか。


「山本くん、噂じゃイジメとか色々されてるって聞いてたけどここ来たのは初めてだったなぁ」

「そうなんですか?」

「うん、そう」


バインダーの紙を捲りながら藤澤先輩が眼鏡を上げる。じゃあ本当に今日のが初めての暴力現場だったのか。未遂だけど。あっぶねー。でも、これからやばいって事だよな。一度始まったらそのまま悪化が常、とか聞いたし。


「あと噂の転入生の子も来たことないねぇ。転入生にケガさせられたって言う子は何度か来たけど。風紀にも連絡はしてたよね」

「…………」


転入生。
この前初めて会った彼からはとても噂のように無体を働くような感じはしなかったのだけど。って言ってもカンでそう思っただけか。ちゃんと話した訳じゃないから事実はどうか分からない。

カシカシと頭を掻いて茶托に湯飲みを返す。転入生について藤澤先輩は何か知っていたりしないだろうか、と考えたところでノックの音が響いた。


「失礼しま……」

「あ、東雲く……ん?」


静かに戸を引いて入ってきた東雲君が目を見開いて固まる。どうしたんだとこちらも固まっていると慌てた様子で詰め寄ってきた。


「え、ちょっ、……え?何っ?大丈夫かっ!?何があったんだ!?」

「は?どうしたんで……あ、」


さっきの幾島君ばりにおろおろとする東雲君の動きで思い出した。今俺包帯で手と頭をグルグル巻きにされていたんだった。藤澤先輩が暇だから包帯巻く練習させて、と言ってきたのを好きにさせた結果が重傷患者。そりゃびっくりするよねと頭の包帯を取り去る。擦り剥いただけだと伝えると一気に脱力して座り込まれた。驚かせて、ごめん。

申し訳無く謝っていると藤澤先輩はケラケラと可笑しそうに笑い、そんな感じで見た人の反応今度教えて、と言ってきた。意外に性質が悪いんだなぁと見返していると下から嘆くような溜め息が聞こえる。東雲君が無駄に疲労を増やしているようだったので早々にお暇する事にした。


戸口に立ちお礼と挨拶を言って頭を下げる。さぁ仕事だ、と意識を切り替えようとして、あ、と言って近付いてくる藤澤先輩の様子に戸を閉める手を止めた。


「そうそう。吉里くん」

「はい」

「あの子のこと、大変だけどよろしくね」


勝手なお願いだけど、と手を合わせる藤澤先輩。
突然なんだろう?あの子、って藤澤君の事か?逆に俺がノートとか質問とかで迷惑かけているんだけどなぁ、と思いつつこちらこそ、と返したら髪をワシャワシャと掻き混ぜられた。
よく分からないまま戸を閉められて茫然としながらも取り敢えず手の包帯を外す。後日これの感想聞かれても適当に答えれば良いだろう。一応、折角治療してもらったのだからとガーゼだけは残した。本当に大した事がないとちゃんと目にしてほっとしたらしい東雲君が置いていった事を謝る道中。迷惑や心配を掛けないためにも体鍛えねば、とこっそり溜め息を吐いた。











その後またやたらと走らされながらもどうにか行事が終わり、ホームルームもそこそこにヘトヘトな体を引きずって風紀室へ戻った。同じように疲れている面々と挨拶を交わす度に額へ視線を感じる。前髪で隠したけどガーゼは目立つよな。何人かにはどうしたのかと聞かれて恥ずかしい。……やっぱ外すか。でも髪擦れると痛いしなぁ。
東雲君の分と纏めて報告書を書き上げ提出する。提出先の絹山先輩にも一頻り心配されて乾いた笑いを返しながらチェックを受けた。


「あぁそうそう。吉里くん、山本くんに会ったんだって?」

「へ?え、えぇ、はい」

「そっかー。んー……、ねぇ。吉里くんは山本くんのこと、どんな子って思った?」


報告書から目を外さず聞いてくる声は心無しか小さい。ともすれば疲労を訴えながら働く他の人達の作業音に紛れてしまいそうなくらいだ。


「……話では転入生に便乗して親衛対象者に近付こうとしている、という事でしたが本人にそんな気は全く無さそうで、……極普通の生徒だと感じました」

「うんうん」


後は、と続けるかどうか迷って口籠る。チラッと辺りを窺いながら一段と声を潜めて囁くよう声を絞り出した。


「……何となく、『風紀』を警戒していたような、気がしました」

「……そっか」


ありがとう、と軽く報告書を叩いた絹山先輩に礼をして机に戻った。
帰り支度をしながら今日出会った二人を思い返す。……やっぱり、『風紀』に良い感情を持っていない気がした。本来山本君に付いていた筈の先輩達は人混みに紛れた際見失ったと言う。その報告後はこってり天蔵先輩に絞られぐったりしながら始末書を書かされていた。実は今までもこんな感じでちゃんと助けてもらえていなかったとか?でも報告じゃちゃんとやっているみたいだし……。


「どうしたんだ?うんうん唸って」

「うーん……。なんだかよく分からない事ばかりで…」

「……よく分からんけど、悩み過ぎると禿げるぞ」

「…………」


頭を捻らせる俺に東雲君の強烈な一撃。それは困るとかぶりを振って淀みかけた思考を霧散させた。そう言われると今日は色々考え過ぎな気がする。もうこれ以上考えるの、止めておこう。疲れたし。
悩みなら聞くけど、と言う東雲君に大丈夫と返して荷物を手にした。


山本君や転入生については何か天蔵先輩と絹山先輩に考えがある感じだし、二人に任せていれば大丈夫だろう。俺があれこれ気を回すよりは確実だ。俺は何か出来る時に出来る事をやっていけば良い。変に動いてもきっと迷惑なだけだ。
……と、言うか、下手にこの事へ首を突っ込んだら怒られそうな気がする。たぶんじゃなくて絶対。


過った悪寒に小さく体を震わせる。それを振り払うようムズムズする両頬を擦りながら風紀室を出た。寮まで東雲君や他の風紀の人と喋って歩きつつ、鞄に入れておいたスーパーで買った飴を口に含んで転がす。とりあえず今日は何を食べようかな、と数日前見たメニューを頭に思い浮かべながら色が濃くなった空を見上げた。



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