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「先輩は転入生とお……会った事ありますか?」


食事の途中、ふと思い出したという表情で後輩が尋ねてきた。今学園内で一番の噂の的になっている人物。しかしこの後輩の口からそれを聞くのは初めてだった。


「転入してきて直ぐのを見た事はあるがそれっきりだな」

「そうですか……」

「急にどうした?」

「いえ、今日初めておうたと……会ったんですけど、何か違和感がありまして」

「……は?」


何気無い様子で言われた内容に伸ばし掛けていた箸が止まる。驚きに固まる俺に気付かない後輩は不思議そうな顔のまま湯飲みを傾けた。


「よく分かりませんが怒らせてしまったみたいだったんですけど、」

「ちょっと待て」

「はい?」

「何もされてないか?怪我とかは?」


傷等無いか目を走らせる俺の焦りはどこ吹く風という呑気さで後輩は目を見開いて軽く両手を鳴らした。


「あ、それです」

「は?」

「何もされていないんですよ」


後輩は得心いったとばかりにかの転校生の噂について話し出す。


「怒らせたら手が付けられない程暴れるだとか、気に入らないと殴り掛かるとか、そんな風に聞いとった、……聞いてたんですけどねー」

「……吉里」

「はい?」


静かに箸を置くと虚空にさ迷っていた視線がこちらへ向いた。指を曲げて呼べば何の疑いも持たず乗り出し近付く顔。その頬に両の手を滑らせ引き寄せる。そのまま柔らかい肉に指を掛け。


「うをっ?いっはははは!!いひゃ、」

「……お前はなぁ」

「うぇんあい、いあいうぇう」

「痛くしてるんだ」


摘まんだ部分を強く横へ引っ張る。不明瞭な言葉で抗議と抵抗をしてくるのを無視していれば掴む手を必死に叩かれた。最後に強く力を込めた後手を離すと頬を擦りながら恨めしそうな目で見上げられる。それに対して緩く睨み付けると後輩は気不味げに顎を引いた。


「何で抓られたか分かるか?」

「えー?えっと……。あ、あー……。危ないかもしれない人にボケッと近付いた、から。ですか?」

「分かってるじゃないか」


分かっていてその呑気さか。後輩は頬が痛いと擦っているが俺は頭が痛い。深々と息を吐いて見せれば空々しい乾いた笑いで謝ってきた。


「……お前は、もっと警戒心を持て」

「えーっと……。会ったのは偶然で、近付いたのも不可抗力だったと、……だったんですよ」

「だとしても怒らせるような事をしたんだろう?怪我してたらどうすんだ」

「そりゃそうですけど……。……先輩、心配し過ぎじゃないですか?」

「可愛い後輩を心配するのは当たり前だろうが」


頭が回らない訳ではないのにどうにもこの後輩は危なっかしい。どれだけ心配してもし足りないくらいだ。
垂れてきた髪を横に流しながら顔を上げるとその後輩は驚いた顔で目を瞬かせていた。


「どうした」

「え、あ、えーと……。……恥ずかしいというかくすぐったいというか」


目を泳がせて言い淀む先を促すと頭を掻きながら口を開いた。


「可愛い後輩とか言われてちょっと照れただけです」

「……そうか」


はにかみ笑う様子に毒気が抜かれ脱力する。下手に怒っても聞かないなこいつ。
肩を落としたのを見て取ったのか調子を取り戻したらしい後輩が話を引き戻してきた。


「あ、それでですね。転入生君、噂と違う気がするんですよ」

「どんな風に?」

「あー、さっき言ったみたいなキレてすぐ暴力、じゃないのと……後はちゃんと話していないのでぼんやりそう思っただけと、……なんですが」


後輩が会った転校生。噂と違う、というのは実際に接していない俺には分かりようが無い。増してあまり人を疑おうとしない後輩の言う事だ。その信憑性はあまり高くないだろう。しかし。


「分かった。だが何があるか分からないから、不用意に近寄るなよ」

「えー、でも……」

「……吉里?」

「……はい」


目を細めて頬に指を添えると引き攣った笑顔で頷き返してくる。守るよう頬に手を当てる後輩から離れ椅子に座り直した。




転入生、か。
この狭い世界に嵐を齎した人物。流言が飛び交う中どれが真実で偽りか。何れにせよ、その人物自身に危険が無くともその周囲は荒れているのだから関わらないに越した事は無い。
もう一度軽く注意を口にして箸を持ち直そうとし、ふと思い付いて卓上のカレンダーを引き寄せた。


「あぁ、そうだ。この日は飯作らなくていいぞ」

「?何かあるんですか?」

「久し振りに食堂のデリバリーを頼もうかとな」


食堂の料理は基本そこでしか食べられないが生徒会特権などというもののお陰でここまで宅配してもらえる。面倒で滅多に使っていなかったがこの日くらいは利用しようと後輩を見返した。


「……そうですか」


気落ちした声を出す姿に何を思ったのか気付き苦笑する。どこか寂し気にも見える様子を見るにその日は来なくて良いと言われたと思ったのだろう。


「何を食べたいか決めとけ」

「え?」

「値段は気にするなよ。俺が出すから」

「は、え?」

「たまには良いだろ?」


驚き遠慮しようとするのをテーブル下にあるメニュー表を渡す事で制する。困った顔で見上げる後輩に笑い掛ければ迷いながらも選びだした。その頭を一撫でして残りのおかずに箸を付ける。
個人的にはこちらの料理の方が良いのだが流石にその日は作れないだろう。それに、たまには休ませないとな。

次第に選ぶ目が輝き出す後輩の様子に満足感を覚えながら注がれたお茶をゆっくりと飲み干した。



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