▽密談
▽
広い会議室に見合わぬ二人という少人数で静かに話が進む。素早くメモを取る手元を眺めながら要所の確認の為口を開くと、扉から急いだようなノックの音が響いた。
「遅くなってごめんっ」
「……遅いにも程がある」
「いやぁ、後輩と話してたら時間が……」
「…………」
「あー、もう終わりかけな感じ?……だね」
開かれた扉から素早く入って来た痩身の生徒が謝りながらこちらに近付く。その生徒は申し訳無さそうに笑いながらメモを覗き込むと困ったように頬を掻いた。
「……それで報告は?」
「うん。残念だけど、今日も会えなかったよ」
「そうか」
「おかしいよねー?」
戯けた調子だが目を鋭く細めて言う彼に正面に座っていた体格の良い男が苦く溜め息を吐く。疲れたように眉間を揉んだ男は隣に着いた彼に先程まで書いていたメモを渡した。それに目を通し始めたのを放って話の続きを口にする。最終確認だと広げられた資料に硬いペンの音が乗せられた。
「こことここ、そしてそっちの一部が特に怪しい」
「…………」
「こっちは暫く泳がせる。そちらの調べは頼んだ」
「分かった」
示されたそれに了承すればこちらからは以上だ、と正面の男が散らばった紙を集めて纏める。俺も自分の分をファイルへ収めていると素早く片付け終えた男が椅子に凭れて声を掛けてきた。
「それで?そちらからも何かあるんだろ?」
「……あぁ」
二人の前に傍らに伏せていた紙を広げる。それを手にした男の手元をもう一人がメモから目を外して覗き込んだ。
「え、やるの?いい加減キツくない?」
「……いや、このサインは……」
呆れた声を出す生徒を制して正面の生徒が書類をなぞる。呟きの意味を理解した痩身の生徒が驚きに目を見開いた。
「……来たの?」
「姿も見ていなければ連絡も無い。だが多少なりともやる気はあるらしい」
少しの間席を外した生徒会室に僅かばかりの差異。最後に一度忠告をしたきりこちらから働き掛けた事は無く、このまま離れていくのだろうと思っていたのだが。
「良いのか?」
「何か考えがあっての事なら、もう暫く待つ事にする」
「……分かった」
誰かには甘いと言われるかもしれないが、正直どうでも良いというのが本音の一つだ。何も無いなら切り捨てようとも。しかし何か足掻きを見せるのなら多少待つのも構わないと考える余裕が今なら有る。
少し考えて頷いた男に合わせもう一人も了解の意を示し立ち上がった。読みながら塗り潰していたらしいメモ用紙は細かく破いて仕舞い込まれる。去って行くのを視界の端に捉えながら返された書類の角を揃えていると、あぁそうだ、と扉に手を掛けた男が振り返った。
「あいつの面倒はそちらでよくよく頼むぞ」
「……分かっている」
何の事かと問う生徒を押しやって出ていく伸びた背を見送り深く息を吐く。
「言われなくても」
脳裏に浮かんだ笑顔に思わず漏れ出た呟きは静かな部屋に溶けて消えた。その余韻を残す事無く立ち上がり乾いた音を立てる書類を手に時計を確認する。目を閉じて小さく一息吐くと静かにその場を後にした。
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