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『学校の様子とか、生BL学園がマジで存在するのかとか。色々聞きたかったとだけど何より先ずいっちょ確認』
(『学校の様子とか、生BL学園がマジで存在するのかとか。色々聞きたかったとだけど何より先ず一つ確認』)

「……うん」


予想通りの語り出しに肩を落とす。お金持ちが通う男子校なこの学園には、押しの強いこの従妹の強引な勧めで来たんだったなぁ、と思い出してげんなりとした。
何だっけ。何か彼女の好きな物語と似た学園だという事でその生活について連絡するよう言われていたのだったか。何か面倒で掛かってくる電話にも出ず放っておいたのだが。そういや彼女が今もブツブツと呟いているのは絹山先輩と話している内容と似ているなぁ。殆ど聞いてないから知らないけれど。腐女子、だったっけ。で、BLは……なんだっけ。絹山先輩もたまに使う何かの略称だったと思うけど……サンドウィッチの具ではなかった筈。て言うか何だろう。今アルファベットで略すの流行ってんの?

今正に聞き流している話の端々で適当に相槌を打ちながらザリザリと靴で砂利を鳴らす。本題が遠い。……そろそろ切っても良いだろうか。


『……んで!そんな学校に通おとる悠真には……なんもなかね』
(『…んで!そんな学校に通っている悠真には…何もない?』)

「なんもて……なんが?」
(「何かって…何が?」)

『変な人に言い寄られたりとか押し倒されたりとか』

「……ある訳なかだろ」
(「…ある訳無いだろ」)

『わっからんばーい』
(『わっかんないわよー』)


電話先で頬を膨らませているだろう従妹の顔を思い浮かべる。そこで拗ねる意味が分からん。


『別に可愛か顔しとる訳じゃなかけん大丈夫どて思いよったけどなんか平凡受けとかあるらしかし』
(『別に可愛い顔している訳じゃないから大丈夫だろうと思ってたけどなんか平凡受けとかあるらしいし』)


「なんそれ……」
(「何それ…」)


あー、なんか絹山先輩もそんな単語使っていた気がする。何だっけ、綺麗とか可愛いとかじゃない普通の人が女役になるやつだっけ。男同士の恋愛で。……あれ?てかこいつここ男同士のあれこれあるって知っていたのか?そんなん聞いてな……いや、言っていたのかもしれない。俺が聞いていなかっただけで。……あ。BLって男同士の恋愛ってやつだった。……ちゃんと聞いておけば良かった。


『パッと見しっかりしとるようでぼけっとしとるけん気の強か人に押しきられとったり、人のよか顔した人にいいようにされとったりせんどかてここ暫くはただもう心配で……』
(『パッと見しっかりしているようでぼけっとしているから気が強い人に押しきられてたり、人のいい顔した人にいいようにされていたりしないだろうかとここ暫くはただもう心配で……』)

「はぁ……」

『人ん話なら他人事で面白かで済むけど流石に身内が毒牙にかかったとかなっとったらどぎゃんしようかて……』
(『人の話なら他人事で面白いで済むけど流石に身内が毒牙にかかったとかなったらどうしようかと……』)

「……ふーん」


そう言えば男同士での恋愛話が好きとか言っていたな。受験とか引っ越しとかで頭いっぱいで、兎に角学園の様子を教えろ!って言っていたのしか覚えていなかったわ。
落ちていた木の枝を拾ってクルクルと回しながら思い出そうとしているとこれまたよく喋る。取り敢えず失礼な事言われた気がするけど一応心配されていたようだ。しかし話が長い。どうにか話題をそらせないか考えながらぶらりと足を動かした。


「あー、えーっと……。あ。千代の言いよった時期外れの転入生ってのこらしたよ」
(「あー、えーっと……。あ。千代が言っていた時期外れの転入生っての来たよ」)

『マジで!』


思った以上に食い付いた。
どうにか思い出した彼女の勧め文句にあった単語と絹山先輩の言動で一致していたのを出してみたら予想以上のテンションの上がりよう。あぁ、さっきどっかに連れられていった絹山先輩思い出すなぁ。


『ねぇ、王道っ?王道な感じとねっ?』
(『ねぇ、王道っ?王道な感じなのっ?』)

「え?んー、なんか委員の先輩はアンチ?だとか何とか言いよらしたけど」
(「え?んー、なんか委員の先輩はアンチ?だとか何とか言っていたけど」)

『……え』


熱が一気に下がったかのように大人しくなった従妹にこちらが慌てる。え、何。なんか変な事言ったか俺。
慌てる俺の耳に、今までと違って本当に心配そうな声が聞こえてきた。


『……大丈夫?』

「え?なんが?」
(「え?何が?」)

『なんか大事になったりしとらん?』
(『なんか大事になったりしてない?』)

「しとらんしとらん」
(「してないしてない」)


してるけど。
でもやたら神妙そうに聞くものだから否定を返す。納得していない声で何度も念を押して聞かれるが何も無いと平然とした声で言っていれば渋々と引き下がった。


『……分かった。話はまた今度聞かせて』

「おー……?」

『広人も話したかて言いよらしたよ』
(『広人も話したいって言ってたよ』)

「あー、うん。またその内ちゃんと電話する」

『悠真』

「うん?」

『……無理せんでね?』
(『……無理しないでね?』)

「……うん、ありがと」


短い溜め息の後、次はしっかり話聞かせてもらうよ!と最後に空元気っぽい声を残して電話が切られる。……心配される気がしたから電話したくなかったんだよなぁ。
パチンとケータイを閉じて空を仰ぐ。そして意識を周りに戻して、頭を抱えた。




前は石畳の広場。横は原っぱ後ろは林。いや、森?兎に角またなんか知らないとこだー。……電話しながら動いちゃ駄目だ俺。

呆然としていると急にまたケータイが鳴って慌てて取り出す。開くと葵君からのメールだった。帰らずあの場で待っていてくれたらしい。それでなかなか戻ってこない俺に心配していたようだ。遠くまで来てしまっただけだから大丈夫だという事と先に帰ってもらうようにという内容で返信する。迷子になったとは、言わないでおこう。情けない。
頭を振って気を取り直す。そして顔を上げてグルリと周りを見回した。


「うーん……。あー、あれは特別棟かな、」

「っダレだ!」


何か目印になる物がないかと探していたら突然大きな声が掛けられる。ビクリと肩を跳ねさせて声のした方を向けば、そこにはボサボサとした艶の無い髪に瓶底の様な分厚い眼鏡をかけた生徒。


「あ」

「……風紀、か?」


腕章を見て警戒を弱める生徒のその風貌は見覚えがある。ひょっとして。


「転入生、君?」

「っ、」


安堵の雰囲気から一転、肩を強張らせた相手に踏み出し掛けた足を止める。微かに震える様子に戸惑ってもう一度声を掛けようとするとバッと俯いていた顔が上げられた。


「っ、オレは、転入生なんて名前じゃ、ない!」

「あっ」


叫んで風のように駆け去っていく彼を追い掛ける事も出来ずに立ち尽くす。あっという間に見えなくなった背中を見送ったまま、俺は疑問に首を傾けた。


「……何か、聞いてんのと違っとらん?」
(「……何か、聞いてんのと違ってない?」)


報告に上がるものや絹山先輩が語る転入生像とイメージが違う気がする。見た目は聞いたそのまんまなんだが、何か……何だろう。何か違う。
どうにか帰り道を発見して自室まで戻ったがその後も違和感の正体が掴めず、もやもやとした気分のまま夜を迎えた。



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