入学式

さて。どうしてこんな事になったんだろう。
呆れとちょっとした絶望感から天を仰ぎたかったけど身動ぎ一つ取れない状況で。俺、吉里悠真(よしざと ゆうま)は色んな感情をこっそり息を吐く事で抑えた。


本日は春の日差し麗らかな入学式。今日から通う学園の中浮かれた様子の新入生に交じって体育館に行っていたのだけれど、その道中鳴ったケータイはちょっと他人に会話を聞かれたくない相手で。こっそり集団から離れたそんな時。
ふと聞こえた人の声や物音に不審感と好奇心でふらふら入ったのは敷地内にある鬱蒼と木が生い茂った林。建物からは少し離れている為そう人が来るような所ではない。そんな場所へ入った俺の手持ちは家族と中学の友達のアドレスだけが登録されたケータイと昨日寝ぼけながら詰めたショルダーバッグ一つ。
そうした状態で困った事とは。目の前に自分と同じ色のネクタイをした少年が一人。そしてそれを囲む上級生と思われる三人が見えている、という状況だ。

大きな体躯の上級生が小さな同級生を見下ろすという、たぶんカツアゲかリンチの現場。違うにしても平和的でない雰囲気。ちょっと電話をしたくて人混みから離れようとした。それだけだったのにこんな状況を発見してしまうだなんてついていないと自分の運の無さを恨む。幸いな事に隠れた木の幹は太く、お互いにしか気を向けていない目の前の人達は俺に気付いていないようだけどどうしたものか。いやーなんにしても。学園生活初日から苛め現場発見かー……。
いきなり学園生活が不安になるような場面を見てしまって泣きたくなったのを寸での所で飲み込みそのままこっそり様子を窺う。

少し離れている為何を話しているのかは聞こえないけどじわじわ状況が悪くなっていっているのは分かる。でもだからといってそこに飛びこんで複数の上級生を相手に出来る力なんて俺には無い。
見付からない様に戻って助けを呼ぼうかと木から体を離した瞬間、上級生の長い脚が小柄な少年の腹を蹴った。

――人を呼びに行く暇は無い。

咄嗟にカバンに入っていたキャップを引っ張り出す。目深に被って顔を見えないようにし、近くに落ちていた手頃な枝っきれを足元に引き寄せる。最後に大きく深呼吸。

「……そこで何をしているんですか」

木の陰から体を出し、一歩近付く。目に見えて狼狽える上級生の足をツバの隙間から睨んだ。

「今、人を呼びました。早くその人から離れてください」

慌て出す上級生の後ろ、蹲っている同級生は驚いた顔で呆然とこちらを見ていた。こちらに意識が向いた隙に逃げてほしかったけど、腹にダメージを受けた状態では厳しいか。

お腹を押さえたまま木に凭れる同級生から目を離し、さっきの脅しに怯んでどこかへ行ってくれないかと上級生の方へ視線を移す。すると、じっとりとした嫌な目を向けられていた。
少年から離れ、こちらへ完全に体を向けている彼等の雰囲気は何だか気味が悪い。乱入と人を呼ばれた恨みで取り敢えず殴っとこうとかそんな感じだろうか。弱そう、だとか場所を移して、とか二人纏めて、等とぼそぼそ話しているのが聞こえる。あー……駄目かぁ。
冷や汗を垂らしていると、彼等の会話に固まっていた同級生がハッとしたように声を上げた。

「に、にげて!」

叫んだ声を嘲笑うように声を立て上級生達がこちらへ歩いてくる。段々と近付く大きな上級生。それから目を離さないまま、強く右足を蹴り上げた。

ガサリと音を立て大きめの木の枝が跳ね上げられる。それを右手で掴むと風を切り、上級生の目の前へ突きつけた。

「怪我をされたいのでしたら、どうぞ」

威圧するよう、低く淡々と告げる。深く息を吐き構えてみせると三人共怯んだのか後退った。よしよし。そのまままじでどっか行ってくれ。
緊張が高まりバクバクと心臓の音が大きくなる。我に返られる前にもう一息脅しを、と口を開いた瞬間。

「葵!!」

なんか背の高いお兄さんが横から飛び出してきました。

帽子を被った一年対上級生という異様な空気を引き裂いて躍り出たお兄さんは呆気にとられた三人をあっという間にのしていく。うおぅ、つえぇ。俺出た意味全くなかったなぁ。

ちょっと虚しくなったけどあのまま自分だけだったら逆にやられる以外無かったと思うので物凄く助かったと安心する。一人粘っているが直ぐに倒されるだろうと見るのを止め、木に凭れて座り込んでいる同級生の方へ駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

乱れたシャツをそのままに大きな目を見開いて見上げる同級生はとても小柄で華奢だった。近付くと小さく息を飲みビクリと肩を跳ねさせた為そこで足を止める。遠目でも肌蹴た服の隙間から見える腕や腹が殴られたせいで赤くなっているのが分かり、思わず眉を顰めた。

「年少相手に複数人で暴力だなんて酷いですね……」

「あ……」

帽子を脱ぎ、怯えさせないよう出来るだけ落ち着いた声で話す。笑い掛ければどうにか警戒を解いてくれたらしく、ほっと体から力が抜けた。

「た、助けてくれてありがとう……」

「いえ、結局俺は何もしていませんから。お礼は彼の方へ」

「ううん!そんなことないよ……!」

近付いても大丈夫かと確認し、ゆっくりと傍らへ寄って未だ震える体へ自分の上着を脱いで着せる。汚れるから、と返そうとする手を押さえ怪我の具合を見ていると上級生全員倒し終わったお兄さんが走り寄ってきた。
お兄さん、と言ったが見えるネクタイは俺と同じ色。つまり同級生なのだとその時気付く。えぇ?デカくない?俺別にそんなに背低い訳じゃないと思うんだけど。デカくない?


軽く見上げるほど高い背の彼は少し落ち着いた小柄な同級生の姿を認めると、クシャリと顔を歪めて座ったままの同級生に抱き付きしきりに頭を下げ俺にお礼を言い始めた。



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