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勉強道具を脇に寄せて台を拭き、朝作っておいたカレーを温め直す。後は皿を出したり冷蔵庫からサラダを持ってきたり、という準備を藤澤君が手伝ってくれた。


「しかしあいつらはずっと休憩状態だな」

「ですね。その時間分勉強し終えるまでご飯はお預けにしてしまいましょうか」

「それは良い」


声を掛けても三人はゲームに夢中で生返事。後もう一ゲームだけ!とやり始めたテニスはいつ終わるのか。その間に準備が終わった俺と藤澤君はコップと取り皿だけ並べて画面を眺めた。長時間の集中が切れたのと空腹に気がささくれるのを感じる。まだかなぁ。腹減った。


「……奴等のカレーにだけ山葵でも混ぜるか?」

「残念ですが山葵置いてないんですよ」

「そうか」


白熱する彼らとは逆にこっちの温度は冷えていく。藤澤君もお腹すいてカリカリしているらしい。声が低くて怖い怖い。
頬杖をついてぼうっとしていると、藤澤君がこちらをジッと見ているのに気付いてどうしたのかと首を傾げる。藤澤君も同じように首を傾げ、うーん、と言いながら口を開いた。


「……しかし、どうもむず痒いな」

「はい?」

「君の口調だ。固い」

「あー……」

「別に敬語キャラとやらではないのだろう?」

「……それは葵君達情報ですか?」


頬杖をついたまま頷かれ苦笑する。まぁ、出会って一月近く経つのにこれじゃやっぱりそう思うよな。


「これは……追々という事でお願いします」

「分かった。君はなかなか面白い人物な気がするから楽しみにしておく」

「そんなに期待されると困りますね」


先輩と話す事で少しずつ訛らないよう特訓する事になったが、片言になったりつっかえたりとこんがらがって他の人と話すにはまだまだ練習が足りない。それでも以前よりかは話し易くなってきているから成果は出ている、筈だ。自主練もするようになったし。このまま敬語しか喋られない人間だと定着してしまう前に早く慣れなければ。
そう決意しながらテーブルに凭れ藤澤君を見上げた。


「藤澤君の口調も少し古風ですよね」

「これは性格だ」

「そうなんですか」


堂々と言い切る姿にちょっと吹き出す。葵君達やクラスの人もそれが当たり前みたいな反応だし本当なのだろう。それに雰囲気に結構合っているし。
口を隠してそのまま笑っていれば漸くゲームが終わったらしい。怜司君は頭を抱えて床に突っ伏し葵君はコントローラーを放り投げて寝転がる。そしてそれを東雲君が勝ち誇った笑みで見ていた。誰が勝ったか分かり易いな。
悲喜交交な様子に呆れる藤澤君が声を掛けた事でやっと昼食を始める事になる。文句を言ったり挑発したり。喧嘩を売って怒られたり。賑やかな食卓は楽しく、ただのカレーも美味しく食べられた。











「あぁ、そう言えば吉里に聞きたい事があったんだが……」

「はい。何ですか?」

「……いや、やはり止めておこう」


食べ終わった後、洗った皿を手渡す俺に思い出したように藤澤君が声を上げた。因みに三人は藤澤君に圧力を掛けられて今は大人しく勉強道具を広げている。何を聞きたいのかと聞き返したが藤澤君は途中で首を緩く振って棚に食器を仕舞った。


「よろしいんですか?」

「あぁ。大した事では無いから」

「ですが……」

「いや何。ただある友人の、最近の動向が気になっただけでな」


成る程。風紀委員なら生徒の行動を大体把握している。親衛隊持ちとかなら特に。しかし。


「すみません、個人の情報はご友人でもちょっと……」

「分かっている。すまんな急に」


気にした様子なくグラスを拭う藤澤君を申し訳無く見返した。
今、学園内は噂や悪口等で情報が一部交錯していてどれが本当の話か分からなくなっていたりする。だから正確な情報を手に入れるには風紀か新聞部に聞くのが一番だと言われているが、そう簡単に話せるものではない。


「力になれなくてすみません」

「いや。……まぁ風紀関連とは違うんだがな」

「え?そうなんですか?じゃあ……」

「と、しても。今聞くよりもう少ししてからの方が面白そうな気がする」

「はい?」

「こちらの話だ」


笑って棚に向き直る頭を見ながら首を傾げる。
風紀関連じゃないなら俺周辺の人についてか?葵君達は俺より藤澤君の方が一緒にいる時間長い上昔馴染みでよく知っている筈だから違うだろう。じゃあ風紀委員の誰か?誰だろ。天蔵先輩、絹山先輩。他の風紀のメンバーの顔をつらつら思い浮かべてみるが、藤澤君と知り合いだとかそんな話は聞いた事が無い。いや話してないだけかもしれないけどどうなんだろ。うーん。後他に俺が関わっている人物は……。





……まさか先輩……じゃないよな。





ふと過った考えに濯ぐ手が止まる。不審だったのかどうかしたか?と問い掛けられた。見返すその表情はどうにも読めない。何でもないと曖昧な笑みを返しまた皿洗いを開始する。誤魔化せてはいなさそうだがまた食器の片付けに戻った背中を横目でチラッと見た。


彼が聞こうとした情報の人物は今俺がこっそり会っている先輩、『生徒会長』の事なのだろうか。藤澤君は『友人』と言った。もしそうなら葵君が黙っていないだろう。きっと質問責めを受けている筈だし、俺へも最初の紹介の時教えてくれる筈。そんな様子は無いから違うと思う。けど有名人だからという事で友人だというのを隠している可能性もある。けど、そもそも先輩と俺に繋がりがあると知る人はいない筈だ。……ヘマさえしていなければ。兎に角、そんな訳が無い。……だけど。


否定してはでも、と浮かぶ不安にグルグルと考える内に最後の皿が洗い終わってキュッと水を止める。水気を軽く飛ばしたそれを藤澤君に手渡す際、ジッとその目を見てみた。その瞳の中に悪い感じは無い。と、思う。
またちょっと考え込んだ後、見詰める俺を不思議そうに見返し首を傾げた藤澤君を見て、これ以上探るのは止めにした。人を疑ったり怪しんだりするのは得意じゃないんだ。どうせ分からないし、あんまり考え過ぎるとパンクしてしまう。それに藤澤君は聞くのを『今は』止めておくと言った。だからいつかは聞かれる。その時に誰だったのか知れば良い。
ヘラっと力を抜いて笑い、冷蔵庫に向かう。


「プリンを頂いたんですが2つしかないんです。皆には内緒で食べちゃいましょう」

「おぉっ」


あ、目が輝いた。プリン好きなんだ。
初めて見る良い笑顔にちょっと驚きながら食べ、器はバレないようゴミ箱の奥の方へ捨てた。
飲み物を用意してちょっと遅くなったなぁとリビングへ戻るとギクリと肩が跳ねる三人。その手にはイヤホンを付けた携帯ゲーム。


青筋を浮かべた藤澤君のお説教をBGMに俺は勉強を進め、どうにか目標の所まで終わらせたのだった。



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