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掌に向けていた目線を顔へと戻す。ん?と先輩は軽く手を揺らして小さく首を傾げた。え?……あ、話せって事?


「ぇ、えーっと……。あ、先輩は連休中ご……い、家に帰らっ、帰ったりし、するんですか?」

「……いや、学園が気になるから残る事にしている」

「そ、うです、か」

「…………」

「…………」





「笑わないでください……」

「ふ、悪い……っ、ははっ」


いきなり何話せば良いか分かんないし、丁寧語だけを使えなんて言われて話し方は気になるしでもうボロボロだ。顔を逸らして肩を震わせていた先輩に恨めし気な視線を向けるが止まるどころか余計笑われた。


「先輩……」

「ちょっと意地が悪かった、な。ふ、ははは……っ」


成る程。端からからかわれていたのか。くそう……。
一つくらい文句を言ってやろうかと思ったが凄く楽しそうに笑われてしまって、何かもう良いやと諦める。それでも不貞腐れた顔はそのままに口を開いた。


「……構いませんけど」

「あー、こら。また口調固くなってるぞ」

「あ。……あー」

「まぁ、少しずつだな」

「……はい」


項垂れて返事をする頭にまた小さな笑い声が掛かった。可笑しくて、ではなく優しい苦笑の音に子供扱いをされている気がしてくる。けれど怒りまでは浮かばなかった。この人に比べれば俺なんてまだまだ子供だもんな。一個しか違わないけど。
と、どちらかというと気恥ずかしい思いをしていると先輩は背凭れに体を預けてこちらを見た。


「お前はどうするんだ?流石に実家は遠いか」

「はい。一応両親は近くの町に越して来てはいると、……いるんですが、俺も学校に残ります」

「そうか。……じゃあ風紀の仕事があるな」

「えぇ」

「連休、今年風紀はかなり忙しいんじゃないか?」

「そ、うですね。結構家へ帰るか、……人が多いのでちょっと人手が少ないと委員長が困っていました」

「……ひょっとしてそれが理由か?」

「へ?」


訛りそうになったり堅苦しくなりそうになったり。微妙に片言になる喋りに悪戦苦闘していると急に謎の質問。何の事かと疑問の声を上げると片目を眇められた。


「ここに残る理由。風紀の手が足りないからか?」

「あぁ、いいえ。それも一応あったりしますが、ゆ……友達と勉強会をする約束があるんです」

「……そうか」


温くなったお茶を新しく入れ直そうと急須に手を伸ばした所でしかし、と言う声で先輩に意識を戻す。


「忙し過ぎやしないか?」

「先輩には負けますよ」

「……いや、お前大丈夫か?風紀も課題も忙しいだろうに一々ここまで飯持ってくるのも面倒だろう」

「め、んどうではな、いですよ」


思わず喋りのせいだけで無く言葉に詰まった。いや決してここに来るのが面倒だなんて事は無い。が。忙しいのは……うん、ぶっちゃけ忙しいね。しかしそれを理由にもう来なくて良いとか言われたら困る。


「先輩と話しとっ、話している方がほっとしてよく休めますし。凄く楽になります」

「……そうか」


本当、なんか鎮静効果でもあんのってくらい先輩といると安心して帰ってからもよく眠れたし、溜まっていたストレス……はぶちまけたからだろうけどかなり解消されたし。だから会うのが面倒だなんて思う事は全然無い。
折角こうして話せるようになったのにまた追い返されるのは……ん?ひょっとして逆にこれって遠回しに先輩の方が面倒と思っているのだと言われてたりする?
だったらどうしようかと焦っていると息を吐く音が聞こえて体が強張った。


「……俺も」

「え?」

「お前といると落ち着く」


穏やかにそう言われてほっと固まっていた肩を下ろす。良かった。嫌がられてはいないようだ。それに少しは俺と同じように思ってくれているみたいな事を言われて頬が緩む。


「それは嬉しかですね……あ」

「あ」

「あぁー……」

「……ははっ」

「……油断、しました」

「それでいいんだって。……あぁ、ただし、」


脱力してテーブルに突っ伏す。うっかり何も考えずにそのまま喋ってしまった。それまでは何とか出掛けては直していたのに。情けないと言うか恥ずかしい気分で組んだ腕に顔を押し当てていたが、先輩の声にちょっと起こして視線を向ける。


「油断するのは俺の前だけにしとけよ」

「……はーい」


伏せた体勢のまま小さく手を挙げて返事をすると、長い手が伸びてきてクシャリ頭を撫でられた。驚きつつもサラサラ髪を梳かれる感触に目を閉じる。この年になって頭撫でられるとは思わなかったがなかなか気持ちが良いものだ。しかし一個違いなのにやっぱり子供扱い……と言うよりは何だか凄く甘やかされている気がする。


「……そんな風に甘やかされ、ると安心して方言ばかり喋、りそうなんですけど」

「良いじゃないか。それで」

「それじゃあ練習になら、ないですよ」

「気を抜いた状態で出ないようにしたいんだろう?なら丁度良いんじゃないか?」

「……成る程」


優しいと思わせて実はスパルタか。おぉ。


「頑張ります」

「まぁ、程々にな」


体を起こし決意を込めてグッと拳を握りしめると笑ってまた頭をにポンと手を置かれた。……うん。この笑顔に流されて甘え過ぎたりせんよう頑張ろう。
こっそり決意を改めながら笑い返した。



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