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急に何を言い出すんだという表情を眺めて溜め息を吐く。
「風紀として結構活動していますが、未だに友人や委員会の何人か以外の人に一回で顔を覚えられた試しは無いです」
印象うっすいらしいですよ、と言ってつらつらと状況を話す。
「風紀の仕事中は相方さんが人気のある美形さんらしいのでそちらに気が行くからだと思っていたのですがそれ以外でもよくよく話し込みでもしなければ意識の外、といった感じで……」
この学園の特色を考えれば仕方ない事かもしれない。美形第一で平凡顔はどうでも良し、と。そんな平凡の中でも俺は特に記憶に残らないらしく。……割と傷付く。
「お仕事中一対一で聴取した事も何度かありましたがその後また会っても腕章が無いと風紀だとすら気付かれませんでしたね」
「……一人で別棟の周りを彷徨けば流石に目に止まるんじゃないか?」
「腕章無しだと確かに不審だと呼び止められますが付けていれば丸っきりスルーされますよ」
何というか背景的な扱いのような?普通にしている時は平凡という一括り、腕章をしている時は風紀という一括りで気にも止められない。別に良いけど何か切なくなってきた。……駄目だ。昨日の二の舞にだけはなったらいかん。
「ですので、無闇に格好を変えて変に特徴付けるよりは素のままの方がよっぽど安全だと判断しました」
また愚痴に移行する前にそう締め括り、さぁこれから更にどう言えば納得してもらえるだろうかと考える。出来れば小言は勘弁願いたいと構えていれば軽い溜め息が聞こえてきた。
「……そうか。まぁ、こそこそとして怪しまれるよりは良いか」
「へ?」
「しかしそうだとしても誰かに見られないようにちゃんと気を付けて来ただろうな」
「は、はい」
「なら良い」
「……え?」
少なくとも二、三言くらい何か言われると思っていたのにやけにあっさり引かれて拍子抜けする。昨日の威圧っぷりはどこいったんですかと聞きたくなるほど普通な態度に戸惑ったが、先輩は本当に気にしていない様子で箸を手にし俺を見た。
「どうした?食べるんじゃないのか?」
「あ、は……い。」
疑問に思いながらも皿を取って食事を始めた。食べながらいつかのように取り留めの無い話をしたがあんまり頭に入らずしどろもどろとした返事を返すばかりになる。それでも先輩はしれっとした顔で食べ続けていて、だんだんと不安に駆られてきた。
まさかとは思うけど、既に親衛隊に連絡してあって直ぐにでも身柄を拘束される、とかないよね。若しくは風紀に報告してて天蔵先輩にでかい雷を落とされるとか。いや、まさか。そんな事するような人じゃないだろう。
とは思っても嫌な考えが次々と湧いて出て内心怖くなりながら米を口に押し込む。チラリと先輩を見るが変な様子は無い。擡げた不安に悶々としたまま皿を空けていった。
「それでは、失礼、いたしました」
「あぁ」
軽く会釈して扉を開く。顔だけ出して廊下を用心深く見回すと来た時と同じで誰もおらず、しんと静まり返っていた。
何事も無く食べ終わって帰る事になったけれど、本当に最後まで何も起こらないようだ。普通に食べて話して帰っている。何これ、緊張しすぎて夢見てんじゃねぇの。
あまりに上手くいき過ぎな展開に、出た瞬間布団の中なんて事にならないだろうなと足元をしっかり確かめながら踏み締める。体を出しても大丈夫そうだとほっとして扉を閉めようとした。その時。
「……吉里」
「え?」
呼ぶ声に慌ててノブを掴む手に力を込めたが閉まりかけの扉は重く、隙間はさっさと狭まる。
「また明日な」
カチャン、という音で我に返る。目前の扉はピッタリと閉まっていて何も言わない。ボケッとしたまま頬をグニッと引っ張った。痛い。って事は夢じゃないのか。肩に掛かる鞄も来た時より軽いし、時計もちゃんと進んでいる。うん、夢じゃない。
じわじわと口が緩むのを感じながら寮へ続く道を足取り軽く進んだ。
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