夕食

一日というのは忙しければ忙しいほどあっという間に過ぎるもの。気の進まない事が後に控えていれば尚更に。

いや、別に嫌な事ではない。そもそもその約束を取り付けたのは他でもない自分なのだし、後悔も……していない。ただどんな顔でどんな風に相手と対峙すれば良いのかが分からないだけで。


「…………」


そんな訳で一方的な約束を守る為に昨日と同じくらいの時間、同じ場所へとやってまいりました。
目の前にある真っ黒な窓ガラスに映るのは重々しさを感じる大きな扉。そしてそれを背に渋さを浮かべた俺の顔。チラリと背後を振り返り、またガラスへと顔を戻してそれを睨む。反射した自分と睨み合いな状況になりながらうぅん、と頭を抱えた。


どう、しよう。
飾り窓からうっすらと明かりが漏れている事から誰か在室中というのは確か。その誰かというのはまぁ彼しかいないだろう。
居た事にほっとしたりだとか、またこんな時間まで仕事してんのかよだとか、色々思いはするがそれは良い。横に置いておこう。マジで、どうやってその部屋へ入れば良いのか。

どこかが振り切れて勢いのまま飛び込んだ昨日と違い今日は理性がしっかり働いている。葵君達の気持ちを考えたりとか、先輩の迷惑とか。それに対する罪悪感だってある。ノリで行動とか出来るテンションでは無い。
現状と比較し、昨日の自分すげぇと変に感嘆しながらガラス越しに扉をねめつけた。

……よしっ。また普通に入って普通に話して普通に飯食ってもらって普通に帰る。約束したからには果たすべきだ。やらなければ。そうしてやろう。と、気合を入れ背を伸ばし、グニャリと曲げる。


……普通ってなんだろう。


冷えた窓へ手を付きうんうん唸る。扉一つ開けるのに随分と掛かる時間。だって怖いんだよ色々。物凄く緊張するんだよこれ。
悩みに悩み。決意したのにいっそ逃げようかと考えた時。背後でガチャリ、と物音が。


「…………」

「…………」

「……何やってんだ」

「こ、こんばんはー……」


触れるのすら躊躇していた扉が開かれ、そこから訝しげに眉を寄せた先輩が顔を覗かせる。驚き固まったままその表情を見上げていると溜め息を吐かれた。


「あー、……えっと」

「……取り敢えず入れ」


少し大きく扉を開かれ慌ててパッと部屋へと踏み込む。あ、と思った時にはパタンと軽い音を背に感じ、あぁ……、と脱力すれば良いのか緊張すれば良いのか泣けば良いのかよく分からない感情で扉前に立ち尽くした。


暫くそのまま狼狽えていたが、おい?とまた様子を怪しむ声が上がった事で漸くぎこちないながらも昨晩使用したテーブルへ近寄り持ってきた物を下ろす。

良いん、だよね?ていうか今入れって言った、よね?
そろそろと荷物から目線をずらして顔色を窺えば腕を組んでこちらを見る先輩が盛大に顔を顰めていた。表情は厳しいが追い返す様子は無いようなのでそれにほっとしながら、しかしチクチク刺さる抗議の視線に顔を逸らす。頭の先から爪先までをザッと見ての反応から何を言いたいのか大体分かった。けれどそれに気付かない振りをして食事の準備を始める。


「……仕事が終わって直ぐに来たのか?」

「……いえ、一度寮に戻ってから来ました」

「じゃあ何故そんな格好なんだ?」


予想的中。というか俺も行く直前まで悩んだ問題。
先輩の言うそんな格好とは、昨日と同じ制服で風紀の腕章を付けっぱなしという全く変装も何もしていない状態の事だ。この人に会うのをバレたらアウトだというのにろくに顔も隠さずに来た事について注意したいのだろう。


「お前……」

「い、色々考えはしたんですよ?けど、変に変装なんかした方が寧ろ目立ちますって」

「だからってな……」


怒っているような様子に慌てて言葉を遮り言い訳するがあまり効果は無さそうでジトリと睨まれる。それに冷や汗を掻きながら、曖昧に笑い返した。


「大丈夫ですから」


たぶん。という言葉は口の中だけで呟きちゃっちゃかと皿と箸を揃えて着席を促す。そうすると深く溜め息を吐きつつも従って座ってくれた。直ぐ様いただきます、と手を合わせてはみたが今にも説教を始めそうな先輩にぐんなりと肩を落として目を合わせる。ジッと見てくる真っ黒な目を見返しながら、渋々口を開いた。


「俺の顔、あまり覚えられないみたいですので」



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