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火照っていた顔を拭い、葵君から体を離す。深呼吸をして漸く落ち着いてきた所で、葵君があっ!と声を上げて持って来ていた手提げをごそごそと漁りだした。


「あっぶないあぶない、忘れるとこだった。はいこれいーんちょーから」

「あ、ありがとう、ございます」

「いーんちょーもお前のコト心配してたぞー」

「はい……」


以前約束してくれたように、出られなかった授業のノートがコピーされたプリントが渡される。分かりやすく要点をきちっと纏めている以外に先生の無駄話なんかも端にメモられていて見ていて面白い。
パラパラと軽く流し見ていると、足を組み替えた悟司君が肩を竦めて話し出した。


「もともと風紀は他より忙しいもんだけどここまでなるなんてなぁ」

「転入生一人に学園全体が振り回されるとは思いませんしねぇ」


脱力したように眉を下げ力無く言うと乾いた笑いと同情の混じった視線が向けられる。


「転入生かー……。そういや人の壁スゴすぎて生で見たことねぇな」

「あー俺も写真では見ましたが実際にはまだですね」

「え?マジ?風紀なのに?」

「何故か騒ぎに駆けつけた時には既にいなくなっているんですよー……」


現場が遠かったり他の仕事に掛かり切りだったりでー、と話しているとそれまで黙って俯いていた葵君が身動ぐ。どうしたのかと顔を見ればムッスリと頬を膨らませていた。


「……あのてんにゅーせいさえ来なきゃよかったのにねー」

「……まぁ、そこまで言う事は……」


まぁぶっちゃけ言いたいけど。でもどの生徒にも公平な対応を、というのが信条な風紀が例え軽口でも人目がある場所で悪口を言える訳が無く。目線を遠くに飛ばしながらこっそり胃の辺りを擦る。
しかしそんな事情を知る訳がない葵君は俺のなぁなぁな態度に更に目尻を吊り上げた。


「その気がないくせにたくさんの人はべらせて学校こんらんさせてんだもん。言ってもいーじゃん」

「えーっと……。その気が無いのについて回られるのも困るでしょう、し……?」

「ゆーまは見たことないからそーゆーふうに言えるんだよ」

「あれ?お前見たの?」

「3年の先輩がうるさいのっ」


ムキーッと手を振り上げての抗議を怜司君がどうどうと宥める。
親衛隊に入っていて荒れっぷりを直で見ている分、きっと俺より鬱憤が溜まっているのだろう。愚痴聞きのように適当に相槌を打って聞き流せばよかったかなー。でも友達に仕事と同じ対応ってなんかやだし。
落ち着かせようとする怜司君に食って掛かる肩に手を置き小さな頭に後ろから顎を乗せて抑えた。


「何か荒れてんなお前」

「会長さまが大いそがしでしんぱいなのに、ほかにもいっぱいこまったこと山づみなんだよ!」

「……あー」


憤りっぱなしの様子に参ったように笑う怜司君と目を合わせる。肩を竦めるのに苦笑を返しながら、話に夢中で忘れ掛けていた問題に頬を引き攣らせた。


さて、どうしよう。昨日あった事を二人に正直に話すか内緒にしておくか。葵君が心配しているその会長に会って話して飯食って今日も押し掛けます、と。
……反応が恐い。その感情がどれであれ取り敢えず怒られるのは確実だ。そしてまた更に心配させる事になる。黙っておこうか。
でも黙っていてバレた時の反応もまた恐い。さっきの葵君の言葉で罪悪感が飛んでいたが二人に言えない事ばかりやらかしてるし。けど先輩に一応口止めみたいな事してるし、あまりこの事を知っている人はいない方が良いだろうし……。


反駁ばかりの思考にぼけーっとしながら顎で葵くんの旋毛をグリグリしていたら痛い、と下から勢いをつけて頭突きされた。俺も顎痛いです……。
舌は噛まなかったが頭にまで響いた衝撃に悶絶する。呻く俺を呆れた目で見上げた葵君がとにかく!と声高く叫んだ。


「会長さまも、風紀も、ほかの委員会も親衛隊も!みーんなたいへんなめにあってんだからてんにゅーせいのじじょーなんてしらない!」

「ま、まぁまぁ……」

「大変なトコいっぱいだな。ま、うちもだけど」

「バスケ部ですか?」

「あぁ。あー、あとなんだ?なんか転入生と同じ部屋のヤツもどうとかって言ってなかったか?」

「そっちもしんない!」


完全に臍を曲げて不貞腐れてしまった葵君が残りのパンを口へ詰め込む。それを見てそろそろ休み時間が残り少ない事に気付き、俺も慌てて弁当をかき込んだ。











「いいっ?さいごにいっこ言っとくけどね」


そろそろ予鈴が鳴るという時間。時間も無いから話すかどうかはまた今度考える事にして片付けていると葵君が指を突きつけて神妙な顔をした。


「ぼくがいっちばんしんぱいしてんのはゆーまなんだからね。そこ忘れないでよ」

「俺も俺も〜」


ぽかんとする俺を放って間延びした声で同調した怜司君を軽く叩き、またね〜、と去っていく後ろ姿を見送る。


「…………」


また一人ぽつんとベンチに座ってぼうっと空を見上げる。取り敢えず午後からの仕事も頑張ろうとすっきりとした気持ちで背伸びをした。



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