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ほんの数分前の剣呑な空気が無かったように眉を下げて自分の事を話す様子に力が抜けた。己の弱さを思い出してか落ち込む肩に哀愁が漂う。そしてこちらの事を忘れたように徐々に熱を上げて負の感情を吐露する姿に痺れを切らして声を上げれば果たして見えた顔は晴れやかで。意外に目の前の後輩は強からしいとこれ以上無駄に傷付ける言動は止める事にして息を吸う。それでも最後にと問い掛けたものに返された言葉は、自分もどこかで願っていた事と同じで。暖かい気持ちにどうしようもなく満たされてしまった。


だが態度を改めたからといって考えは変わらない。何を言っても食い下がる後輩との応酬はなかなかに面白かったがそこは譲れないと言い張る。けれどもう時間も遅く、こうなったらさっさと言う通りにして帰した方がましかと溜め息と共に了承すれば風のように飛び出して行った。


このまま、何も無かった事にして帰ってしまえば良い。いくらか急ぎの物を持って行った所で咎める者はいないのだから。
荷物を抱え矢の様に廊下に消えた後ろ姿を呆気に取られたまま見送って何度そう思ったか。発想に反し席に着いた腰はそこから上げられる事無く、彼が残して行った新しい紙の束に手を出す始末。

寮管か警備に見付かって帰されてしまえば良い。門限に厳しい奴にでも捕まればまた校舎に来る事は出来ないだろう。
格好だけは仕事をしているのに脳内を占める想像に目は字の上を滑り内容が頭に入らない。サインを書く為握ったペンを持ち直し、細く息を吐いた。


来るな来るなと念じながら、いったい何を待つ。いったい何を期待している。それでも後少し、と紙を捲った所で控え目なノック音に顔を上げる。


恐る恐るといった様子で扉の隙間から覗く不安げな表情。それが俺の姿を認めた瞬間破顔したのを見て、何とも形容しがたい感情が胸に広がった。











「別にああいうのが悪いとは申しませんけどそればっかりでは体に障りますよ」

「食べる時間が勿体無い」


入室して直ぐ止める間も無く来客用のテーブル上に乗っていた資料を退けて食べる準備をし、着席を促した後輩の手際の良さに呆れながら箸を受け取る。それを見てほっと力を抜く様子に気付かない振りをしながら今日だけだからな、と口にしたのは相手に対してか自分に対してか。


「でもあれ味気無くありませんか?」

「食べられればそれで良い」


忙しさからジャンクフードしか食べていない事を知り苦言を呈する後輩。しかし今の所支障は無いし特に好き嫌いも無い為味はどうでもいい。食べる事自体そこまで重要な事とも思わないので本当に構わない。そう伝えれば何故か気の抜けた感心した声が聞こえた。


「好き嫌い無いんですか」

「あぁ」

「良いですね。俺結構あるんですよね」


そう言っていくつか論うのを聞きながら、食い付くのはそこかと内心思いつつ黙って箸を進める。


「栄養って食べ物を美味しく楽しく食べる方がよく吸収するらしいんですよ。で、逆に嫌々食べていたら吸収悪いらしいです。まあ眉唾な話なんですが」

「へぇ……」

「でもそれが本当なら、嫌いな物を無理矢理食べても身にはならないって事ですよね。……そうだとしても残すなと食べさせられますけどね。うちはその辺凄く厳しくて」


消沈した声に目を寄越せば本気で嫌そうな顔でおかずをつついていた。不貞腐れた様子に思わず笑いそうになる。


「俺も別に美味いと思って食べている訳じゃないから嫌いな物を食べるのとそう変わらないだろ」

「あー」


と納得したような様子でもごつきながらこちらを見、やや目を見開いた。何だと見返していればふ、と目と口が緩む。


「先輩。……俺の作った物の味はいかがですか?」

「……普通、だな」


前回のようにただ感想を求める為の質問では無い事は笑顔の中どこか探るような眼差しで分かる。しかし不味いとも言えずに言葉を濁せば礼を言って何かを考え出した。



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