▽苦悩と降伏





近付くだけで面倒な事しか起こらないと知っている上、突き放す態度しか取らない俺に何故近付こうとするのか。いや、それよりもどうして俺はもっと本気でその手を振り払わなかったのか。
根負けした俺に嬉しそうに笑んだ後輩。その表情を見て、焦りや後悔よりも喜びと安らぎを感じてしまった自分のエゴに嫌気が差した。











まだこの学園が例年通り運営されていた頃。新しい風紀委員挨拶で来た新入生の中にほんの数日前に見た顔を見付け、思わず目を見張った。つい声を上げ掛け、しかし直ぐ様自分の立場を思い出し気を引き締める。幸いにも動揺は誰にも悟られる事無く。相手もこちらの意図を察したのか視線は感じたが何も言わずに終了し、そのまま日々は過ぎていった。

そうして現在。終わらない仕事を片手に静まり返った薄暗い廊下を一人歩く。このような時間まで残る事など行事直前ぐらいにしかなかったというのに今ではほぼ毎日この調子である。役員の殆どが一人の生徒に骨抜きにされてしまった今、生徒会の仕事をしているのは俺だけという為に引き出されたこの状況。再三の忠告にも耳を貸さず意中の人物を追い回す姿は如何に滑稽か。最早呆れを越えて失笑してしまう。それを煩わしいと思うだけで諌めきらず放置する自分もまた愚かなんだろうが。
役員以外の手を借りながらどうにか学園を回しているがいつまで持つだろう。今ばかりはあまり疲労を感じない体で良かったと思う。しかしどんなに熟しても無くならず、寧ろ増えていく書類の山には溜め息しか出ない。
仕事ばかりの毎日に友人や親衛隊から何度も食事と休息を促されるがそんな事をしている余裕は無い。強行手段を取ろうかと構える友人をかわしながら授業にも出ずに書類を処理する。何の為に学校へ通っているのかという疑問は疾うに失せ、溜まるばかりの物を無心に捌いた。


そんな忙しない日常。他の事に気を掛ける隙も無いというのにふとした時、脳裏に過るのはほんの数時間だけ接した後輩の姿。
あの日の会話の様子から、風紀になど入ってやっていけるのかと一時は気を揉んだがよくやっているようで。始業して直ぐの浮わつく学園も時と共に次第に落ち着き、仕事もそう危険は無いだろうと思っていた矢先のこの事態。暴行や諍いが絶え無くなったこの学園で安全な時など一般生徒ですら有るか分からない中、それを制する立場の風紀はどれ程危険か。
浮かぶ懸念は絶えず、また同時に久方振りに安らいだあの時の情景を思い出しては忘れるよう自分に言い聞かす。例え何か起きようと、自分がそれに動きを見せれば余計に不味い事になる。特に学園が荒れている今は。望んだ事で無くとも自分に課せられた物くらい把握しているから、傷付けると分かっていても突き放す態度を取ったというのに。


「…………」


一度深く息を吐いて頭を振り、止めていた足を動かす。今は考えてもどうしようもない事に感けてはいられない。いつものように、今まで通りに、やらねばならぬ事だけを考えて動けばそれで良いのだと手にある書類の内容について思考を巡らせた。











長い廊下を過ぎ辿り着いた生徒会室。飾り窓から微かに漏れる明かりに誰か戻ってきたのかとあり得ない事を考えながら扉に手を掛ける。そうして開いた扉の先、更にいる筈のない人物を目にしてとうとう幻覚を見るようになったかと近頃の激務に舌打ちをし掛けた。しかし発せられた声で現実だと我に返り、直ぐに態度を取り繕う。

相手も前回同様気を汲んだようで短い会話が済めば足早に退出する。追いたくなる気持ちに知らぬ振りをし、去る姿を視界の端に捉えながら席へ戻る。いや、戻ろうとしたのだが。動けなかった。


腕を掴み引き留め、友人と似たような事を言い募る後輩へ突っ慳貪な返答をする。途中、真っ直ぐにぶつけられた濁りのない瞳に負け実情を暈しつつも話してしまい、そのまま流されるよう会話が続いた。早く切り上げて、帰さねばならないというのに。
話を断ち切ろうとすげない返事をしても食い下がり、引かぬ頑固な態度にそう言えばこういう奴だったと思い出す。極力考えないようにしていた相手ではあったが実際忙殺の日々に記憶は薄れていたらしい。そう思う内にもう暫く話をしたいという思いと、遠ざけなければという警鐘が判断を鈍らせる。しかしただ俺の身を案じるだけの内容と眼差しに、漸く踏ん切りがついた。


俺はその身を削ってまで気を遣う程の人間じゃない。


冷えた言葉と共に手を振り払う。傷付いた表情を見ないよう、完全に相手を絶ち切ろうとした。と、いうのに。



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