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「こ、んばんは……。書類を、お届けに参りました」

「……あぁ、ありがとう」


びっ……くりした。……ビックリしたー!
若干涙目になりながらバクバクと鳴っている胸を押さえ表面だけは平静を装って挨拶をする。届けに参ったっていうかもう帰る所なのだが喋れただけ凄いってくらいかなり動揺していた。


「遅くに、すみません。こちらにいつものように置いておりますので」

「分かった」


話す内にドッキリ的な動揺は落ち着いてきたが、今度は突然降って湧いた事態に心臓が痛いほど脈打ってきて頭がクラクラする。気付かれないよう小さく深呼吸をし、事務的な会話を何とか続けるがどうしよう。先輩だ。いや、生徒会長だ。
内心オロオロする俺とは逆に淡々と話す会長さん。目も合わず、お座なりに返される応えに、あぁ拒絶されているな、と少し胸が痛んだ事でスッと頭が冷えた。


「……それでは失礼いたしました」

「……あぁ」


会釈をして荷物を抱え直す。
胸に過る想いは誰も望まない事。
頭が抑制するのは自分で決めた事。
関わらない。関わってはいけない。葵君達の心配顔、先輩の居竦める視線が浮かび、何度もそう戒めようと努めた、のに。

擦れ違う瞬間、つい見上げ見た顔が以前話した時より少しやつれて見えて、思わずその腕を掴んでしまった。


「…………あ」

「……何だ」


冷えた声に肩がビクリと跳ねる。善意を裏切る罪悪感と目の前の静かな怒気に対する恐怖で顔を上げられない。しかし、俯いたままの頭に鋭利な視線が突き刺さるのは感じるが腕を振り払われなかったのを良い事にそのままギュッと掴む手に力を込めた。


「……用が無いなら、」

「っお昼は、何を食べられましたか」


言われる事が分かり、それを遮るように疑問を吐き出す。声が裏返ったがそれを恥じる余裕は無い。掴んだ腕が微かに動いた気がした。


「お休みは、取られていますか」


返答は気になるが反応は恐くて続け様に質問を重ねた。自分は何をしようとしているのか。馬鹿じゃないのか。そう思っても動いてしまったからには突き進むしかない。
続けてもう一つ二つ訊ねようとすると、視界の端に見えていた靴先がこちらを向いた。


「お前には関係無い」


スッパリと言い切られた台詞は明らかな拒絶。見下ろす視線に険が増す。ビリビリと空気が張り詰めるのを肌で感じる。怖い。けど。


「関係無くても気になります」


一度軽く唇を噛んで怖じ気を押し込める。ここで引いたらもうこんな事を言えるチャンスは二度と無い。


「貴方が一人で全部背負って立っているような姿を見るのは、もう嫌です」


カラカラに渇いた喉から絞り出すようにここ数日蟠っていた胸の内を曝け出す。閉じた目蓋と噛み合わせた歯、そして彼を掴みっぱなしの指にグッと力を込めて顔を上げた。


「先輩」


真っ直ぐ目を見ると剣呑だった眼差しが一瞬揺らいだ。


「…………」

「…………」

「……いつもと同じ物だよ」


疲れたような溜め息と共に小さく呟かれた返事。僅かに緩んだ空気に詰めていた息が零れ、気を抜き掛けながら慌てて言われた事を咀嚼する。


「……ゼリー飲料とか、ですか?」

「あぁ」

「睡眠時間は?」

「……さぁ」


言葉を濁す先輩をジッと見ていたら目を逸らされた。返ってきた答えに眉が寄るのを感じる。
ひょっとして、『いつも』そればかりなのだろうか。以前会った時もよく食べていたそうだが、その頃は度々友人に無理やり食堂に連れて行かれていると言っていた。そんな日には親衛隊で見に行っていたそうだが最近は来ないんだと葵君が愚痴っていたのを思い出す。忙しいにしてもそればっかりでは栄養片寄り過ぎるし絶対体に悪い。
そしてこの距離で見て気付いたがうっすら隈が出来ている。掴んでいるのと逆の手には数枚のプリント。こんな遅い時間でもここに残っている上、帰り支度もされた様子が無いという事はまだ仕事をするつもりなのだろう。さっきの言い淀み具合を考えると寝ているかも怪しい。と、なると。


「……会長。まだ暫くはこちらにいらっしゃいますか?」


何故そんな事を聞く。と訝し気な顔が向けられる。警戒するような様子に少し胸が痛くなりながら口を開いた。


「一度部屋へ戻った後、何かお持ちします」

「……何を」

「夕食です」


言った途端ギリッと目尻が吊り上がる。


「そんな事をしてお前に何のメリットがある」

「悩みが減ります」

「……は?」


イライラした雰囲気から一転、ポカンと口を開いた先輩が気の抜けた表情をした。今日初めて見る拒絶以外の反応に意気を取り戻し言い募る。


「ご飯食べてるかな、とか、ちゃんと寝てるのかな、とか。最近そんな事ばかり考えていて疲れました」

「……見返りとかは?」

「はい?」


何ですかそれ?と眉を顰めたまま首を傾げると変な顔をされた。変な顔をしたいのはこっちだ。心配に対してお礼とか無いだろうに何聞いてんだこの人は。


「兎に角、貴方がきちんと食事と睡眠を取られるまで、俺は嫌がられようと毎日貴方に引っ付いて回ることにします」


何かもう自棄だ。だんだん変に開き直ってきて睨むように見上げる。ジッと黙って反応を待つとスウッと目が細められた。


「迷惑だ」

「そうですね」


そんなおせっかいの押し売りはきっと迷惑だ。でも、これ以上やつれる先輩を見るなんて我慢できない。だからどんなに嫌がられようと引く気は無いと手に力を込める。

このままだともしかしたら誰かを呼んで追い出そうとするかもしれない。しかし態々俺を遠ざけようとしているこの人なら、そんな風に行動した場合どうなるのかちゃんと分かっている。風紀だからって生徒会長に近付いたんだ。罰なり制裁なりされるだろう。しかし先輩は誰かがそんな目に遭うのを良しとしない人だ。だから例え本当に迷惑だとしてもそんな事はしない筈。
そう計算付けて発言だったが。


「……お前の事を親衛隊に話すと言ったら?」


そう、思っていたのに見下すよう低い声で凄まれて一瞬怯む。それを見て取ったのか未だ掴んでいた腕を払って部屋の奥へと歩き出した。


「制裁が恐いならもう俺に関わるな」



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