2

やっと落ち着いたか、と遠巻きにしていた人達がほっと胸を撫で下ろしたのが見える。今日止める人(天蔵先輩)いないからなあ。最近ストレスで色々暴走しがちな絹山先輩や東雲君に、風紀室に行くのが億劫だと隣のクラスの人が言っていたのを思い出す。皆オタクだという二人にどことなく引き気味だ。


俺も語りに捕まるのは嫌だしたまに変な所もあるけれど、基本は二人とも気取った所無く話し易いいい人達なので少しくらいならいいんじゃないかと思う。ストレスの発散は必要だし。その為の趣味は人それぞれだ。漫画やゲームは俺も好きだし。周りを巻き込みさえしなけりゃ良いだろう。
けれど他の人はあまりそうは思わないらしく、ある風紀委員の人が二人を見て残念なイケメン、と呟いた時に他の人達が静かに頷いていたのはなかなか印象深い光景だった。



「しっかし、いい加減あいつらも仕事くらいしろよなぁ」

「ですねぇ」


ようやく人心地ついた東雲君が机上の白い山をジロリと睨んだのに頷いて答える。

転入生に引かれた人には生徒会役員も含まれていた。それで転入生が来て以来、役員の殆どがその生徒に掛かり切りで仕事をしなくなってしまったのだ。そのお陰で大量の仕事が滞り掛けている。というか、一番の人気者の彼らが筆頭となって執心している為に苦情やら不満が爆発して仕事が増えている訳で。


「ったく、迷惑な話だよ」

「本当に……」


何にせよ、困るのは各種委員会の面々。引いては学校の運営全体に影響が出て本人達だって困る事になるというのに。


「まぁ、残ってんのがあの会長なら大丈夫だろうけど」

「…………」


まだ、学校が辛うじて回っている理由。ギリギリでも期日には提出される書類。それらにきっちりと並ぶ名前は全て生徒会長の物だ。

仕事は早く正確。他の役員がいない中キビキビと指示を出し、書類でも会議でもあっという間に終わらせて颯爽と去っていく真っ直ぐな背中。運営的にも精神的にも不安定になっている学園はそんな会長がいる事でどうにか平静を保っている。


「…………」


ぼんやりと書類に記入する手が止まる。たった一度だけの邂逅が脳裏に浮かび目を閉じた。一月も経っていないのにもうかなり昔の事のように感じる。生徒会室で顔を合わせた後見た彼は葵君や他の人達が絶賛するまま立派な姿で、人を、学校を引っ張っていた。正に人の上に立つ理想を体現したような人物なんだろう。
しかし憧れや好意を抱き焦がれる人は多いけれど、実際に彼の傍に寄る人間は殆どいないという。彼自身が人が近付く事を嫌っているらしいと言うが、緊張だとか気後れだとかで話し掛けるどころか顔を見るだけでやっとで近寄れないんだとか。


常に姿勢良く事務的で感情の揺れが少ない様子は誰も寄せ付けない孤高の存在として認識されている。特に最近は他の役員の株が下がった分更に拍車がかって最早崇拝の域に達している所もあるようで、益々校内の人気や信頼を集めているらしい。
だから尚の事彼に近付いた時のやっかみは計り知れず、それなりに校内で地位がある人でなければ仕事で関わるのも危ないかも、と実際に隊の中にいてその空気を肌で感じている葵君が溢した。


誰にとっても雲の上の存在で、憧れ信頼の対象である生徒会長様。


けれど。俺があの時一緒に食事をし、会話をした相手は、ただ大人っぽいだけの普通な高校生だった。葵君と怜司君の話や噂を何度耳にしても、実際にその姿を見ても、その印象は消えず。周りがどんなに称賛しようと俺には一つ違いなだけの優しい先輩だとしか思えなかった。周りが絶賛すればするほどその思いは強まるだけで。


ちゃんと、食事は取っているだろうか。休んでいるだろうか。
彼を、労る人はいるだろうか。


他の委員会もサポートしているがその責任の重さは計り知れないし、何より学園中の期待と信頼を一身に背負って立っている。俺のような何でもない人間が何を気に病んだ所で必要の無い事と言われるだろう。けれど。

また一枚、自分が積み上げた紙の山を撫でる。綺麗に並べられた書類が机に並ぶ度、俺の胸に浮かぶのは只菅心配だった。



[ 35/180 ]

[] []
[しおり]




あんたがたどこさ
一章 二章 三章 番外 番外2
top




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -