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踏み込んではならない所へ入ってしまったのは今日だけじゃ無い。美形なだけじゃなく、学園一の人気者がなるという生徒会長だった先輩。思っていた以上に遠い人だったんだなぁ、とプリントを畳みながらその事実をしみじみ噛み締める。
どうせ同じ学校で、寮で、しかも同じ棟に暮らしているのだから直ぐに再会出来るだろうと思っていた。少しくらいなら話も出来るかもしれないと。その通り確かにまた顔を合わせることは出来た。けれどまた『会う』事は、出来ないんだ、と。知っても分かりたくなかったと胸が痛む。


纏め終えた荷物を手にして先の何の感情も浮かんでいなかった瞳を思い出す。突き放すような雰囲気と声に怯んだが、あれは自分を思ってやった事なのだと落ち着いた今は思う。知り合いだとバレたら下手に近付いたとして制裁とやらが行われるだろう。


「……また、って。ゆったとに」
「……また、って。言ったのに」


「?何か言ったか?」

「……今日の夕食は何を作ろうかと」

「あれ?吉里くんって自炊?」


つい溢した独り言を聞かれ、適当に流すつもりが丁度近くを通った絹山先輩に捕まった。あ、面倒な事になりそう。
含みのある笑顔にそんな直感を覚えていると、絹山先輩は首を傾げて口を開いた。


「じゃあさ、東雲くんに晩御飯ごちそうしたりとかしてみない?」


思わぬ言葉に瞬く。ニコニコ笑う絹山先輩の真意は見えない。ポカンとしている間に、顔を顰めた東雲君が声を低め割って入ってきた。


「……ちょっと副委員長」

「ね。どう?材料とかは僕が用意するし。ねっ、ねっ?」

「……えっと、申し訳ありませんが……」

「ダメなの?」

「男の人を簡単に部屋へ上げないようにと言われているので」


何となく怖くて、断ろうとした時浮かんだ言い訳を口にする。直前まであの先輩を思い出していたからつい出た言葉だったのだが少しだけ、寂しさを感じる。
そんな感傷に浸り掛けたのだが。誰に!?と瞳を輝かせて食い付いてきた絹山先輩をとうとう東雲君が張り倒して息を詰めた。ちょっ……えぇ!?


「っ二次元と三次元ごっちゃにしてんじゃねぇっ!!」

「二次元!その発言が出るってことはやっぱり!カマかけ続けた甲斐があったよ!」

「カマも何もあったもんじゃねぇし!」


何事か早口で言い争い出した二人に固まっていると、天蔵先輩から放っておけ、と声を掛けられる。え、原因俺っぽいけど止めなくて良いの?と思いはしたが、お互い何かしら譲れないものがあるようで止めようにも気迫に気圧されてしまい、仕方無く落ち着くのを待つ事にした。
ぼんやり二人を眺めながらそのやり取りの切っ掛けとなった台詞を言った人物をもう一度思い返し、ひっそりと決意する。


もう、彼とこの前のように話したり食事したりしたいと考えたりしない。近付こうと思ったりもしない。再三注意してくれている友人達を安心させる為にも。心配性な先輩の心遣いを無下にしない為にも。
ここへ来たばかりの頃はここの事など何一つ分からず、一人で不安だった。そんな自分の事を思って助言してくれる優しい人達。一期一会、良い出会いをしたものだ。

それでも、こんな事なら会わなきゃ良かったかな、と考えてしまう。自分が思っていた以上に再会を期待していたらしい。じわじわと傷んだ胸深く息を吸い込んで、ゆっくり吐き出した。



と。何か鈍い音がして顔を上げる。いつの間にか喧嘩は終わっていたようで絹山先輩と東雲君が頭を押さえて蹲っていた。何があったのかと目をさ迷わせると天蔵先輩が分厚いファイルで肩を叩いている事に気付き、そっと視線を逸らす。何か、色々察した。


よろよろと戻ってきた東雲君に苦笑して、残る先輩方に別れを告げ連れだって退出する。
重い扉が閉まる音が耳に響く。聞きながら自分の子供染みた我儘を奥深くに押し込み、気怠い足を踏み出した。



…………

………

……



風紀委員として働き始めて早数日。見回りしたり取り締まったり書類整理をしたり。勉強に仕事に目紛るしいが、次第に生活に順応していく。その間特に大きな事件は無く、また先輩……生徒会長と外で出会すような事も無く。このまま何事も無い平和で平凡な学校生活がずっと続いていくんだと思っていた。



時期外れの転入生がやってくるまでは。



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