2





テーブルの上に置きっぱなしだったケータイを手に取り着信をチェックする。別れたばかりな相手以外の名が無い事を確認し、ソファの上に投げ出してその隣に腰を下ろした。


ケータイを忘れた、というのは嘘だ。


殆ど仕事関連の連絡でしか使っていないケータイ。今日はもう掛かる予定は無かったから態と置いて行ったのだ。同じ建物内だし、そもそも食べたら直ぐに帰るつもりだったからなのだが予想外に長居をしてしまった。持って行くぐらいはしておくべきだったと反省する。もし緊急の用があったらと思うとどうにも拙い。彼に要らぬ迷惑も掛けてしまったのだから尚の事。
しかし、その理由も言い訳も口から出る事は無かった。彼に今日の事を知られた所で大して問題は無いが嫌な予感がしたのだ。十中八九、面白がり根掘り葉掘り問い質されるだろう。面倒な事この上無い。そして、何となく知られたく無かったから答えるのを拒否した。

朧気な室内灯の光を目蓋に透かし廊下でのやりとりを思い出して溜め息を吐く。あの興奮具合からいってその予想は間違いないだろう。そして食べた物の名を口にした瞬間、驚きに染まった顔を思い出して少し苦い思いが込み上げそのまま目を開いた。

よく食事を抜いたりろくなものを口にしていないので毎回雷を落とす彼としてはその反応は仕方無いものなのだろう。しかしちゃんとした食事を取っただけで大事件のように驚かれてしまってはもう笑うしかない。確かに、本当に食事らしい食事をしたのはだいぶ久し振りだと思う。そしてあんなに笑ったのも、久し振りだった。


数刻前まで話をしていた後輩の事を思い返す。
本来疑惑を解くだけで追い払うべきものを何故会話を続け剰え部屋にまで上がったのか。如何に人目が無かったとはいえ浅慮な行動だ。この学園にいながら自分を知らず、無駄に騒がれる顔を見ても好奇の感情を全く浮かべない様にただ興味をそそられたのか。だとしても彼の今後を考えれば直ぐ去るべきだった。
……いくら後悔しようと過ぎた時間は取り返しようも無い。恐らく余人と変わらぬ対応をしているだろう後輩にもう少しだけ、と近付いた事は変えられない。それを悔む気持ちは確かにある。が、それよりもその間に得た時間の充足感の方が強く胸に残っていた。


当初は警戒心で張り詰めた様子だったというのに、安全と判断した途端名乗りもしない自分を無条件で信用したまだ幼げな感性。安心しきった態度と表情に微笑ましさと同時に少しの危機感を抱いた。この学園でその邪気の無さは下手を打つと命取りになるだろう。言い聞かせはしたが変わらぬ様子に不安になる。けれど、そのままでいてほしいとも思ってしまった。

純粋な好意だけが込められた言葉と表情は忘れ掛けていた何かを思い出させてくる。好奇の目以外の物を向けられたのはいつ振りだったか。
自然と涌き出る笑みも何も感じなくなっていた身が疲れていると自覚したのも。暖かみのある食事と空気、そしてそれを作り出し何の含みも無く差し出してきた後輩。昔焦がれたものを忘れた今になって目の当たりにしたのは良い事なのか悪い事なのか。


ふと別れ際の笑顔が頭に浮かぶ。正面の暗いガラスに知らず緩んでいた口角が映ったが、直ぐに固く引き結んだ。


また、会えたら。
彼に伝えた言葉に自分も期待する。けれど、会う事があっても今日のように話す事は、きっと無いだろう。それが、とても残念だ。


久方振りに感じた寂しいという感情にそっと蓋をし、明かりを消した部屋で静かに目を閉じた。



[ 24/180 ]

[] []
[しおり]




あんたがたどこさ
一章 二章 三章 番外 番外2
top




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -