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言われた言葉にパチパチと瞬きながら首を傾げる。無警戒に、簡単に、人を上げるな、と。どうしてか……。


「特待生、つまり一般庶民なんで何か盗りに押し入るような人なんていないと思いますけど……」

「いや、だからそうじゃなくてだな」


違うのか。まぁ、生徒の殆どが金持ちなんだから態々んな事する人いないか。防犯の他に何かあるのか?他に気を付けるような事……あるか?


「ここは、女がいないからと言って代わりに男が襲われたりするんだぞ」


真剣な声色に呆れを混じらせ言った先輩を見詰めて暫くポカンとする。そして漸く合点がいって、あぁ、と頷いた。そっちの防犯か。そういえばそんなのも言われていたっけ。


「俺は特に容姿が良い訳じゃないので大丈夫でしょう?」


俺、普通の顔なんで。と威張れもしない事で胸を張って見せる。……もの凄くふかーい溜め息を吐かれてしまった。


「そういう問題じゃないだろ」

「はぁ……」


えー。だってここただでさえ顔良い人多いんだからこんな面白味も何も無い普通の男子生徒相手にどうこうしようなんて思わないでしょー。二人に気を付けるよう言われたのも冗談っぽい感じだったしー。
なんて軽く言える雰囲気では無く、曖昧に応えを返す。心配してくれているんだろうけど俺には無用だと思われどうにもしっかり受け止めきれない。
うーん、と悩みつつ、取り敢えず無難に返そうと口を開いた。


「仮に物好きな人がいたとしても、流石にそんな人は部屋に上げませんよ」

「どうやって見分けるんだ」

「……勘?」


あ、信用無いなこれ。
何言ってんだこいつ、みたいな微妙な視線を受けて乾いた笑いをたてる。ちょっと悲しい気持ちになりながら頬を掻くと、先輩は呆れた顔を引っ込め今度は射抜くような目でこちらを見てきた。


「あのなあ。世の中には様々な人間がいる。人の良さそうな顔をして害を与えるような奴も少なくない。……もし俺がお前に何か邪な気持ちを持って来ていたならどうする」


真剣な顔でそんな事言う人が何かする訳ない。とか言ったらまた呆れられる気がする。もしくは怒られる。苦笑したら眉を顰められた。すみません、と呟いて、けれど、と口を開く。


「先輩は、人に危害を加えるような方ではないでしょう?」

「何故そう思う」

「そう思うからです」

「……初対面の人間相手に信用し過ぎだろう」

「先輩だから信用しているんですよ」


確かに初対面で話した時間はそんなに無いけれど、その短い間でも自分に害意があるかどうかぐらいはだいたい分かる。それこそ勘だけど。仲良くなれそうか否か、というのも結構第一印象で決まるものだしそういう直感は割と当たるものだ。その勘の通り先輩は大人で面倒見の良い人っぽいし。うん、大丈夫大丈夫。

腕を組んでうんうん頷いていると、目の前の先輩は一気に脱力した。……駄目ですか。
困って眺めていると先輩はまた大きな溜め息を吐いて顔を上げた。


「今は、もうそれで良い。これから気を付けろ。良いか?兎に角、そう気軽に人を信じて上げたりするなよ」

「はい」


まぁ、何にしても警戒は大事だよね。知られたく無い事のある俺は特に。
コクリと首を振って承諾すると本当に分かっているのか、とブツブツ言う先輩。分かっているつもりなんですけど、とこっそり呟くとジトリと睨まれ冷や汗が流れる。ヤバイと思ってももう遅く。その後小一時間、コンコンとお説教を食らう羽目になった。正座で。


危機感を持てだのぼーっとするなだの。
長い文句におとんか、という単語が頭に過る。その瞬間先輩の目付きが鋭くなった。勘良いですね先輩。しかし先輩。そろそろ足痛いで……いえ、何でも無いです。

そんな感じで先輩のありがたーいお言葉を長々と賜った。











「で、分かったか」

「……はい」

「……じゃあもう良し」


長かったお説教もようっやく終了。チラリと卓上時計を見た先輩が体勢を崩したのを見てほっとし俺も足を伸ばそうとする。と、


「……っぐぉぉぉ」


何かもう途中から感覚が消えていたのだけれど、腰を軽く上げた瞬間一気に痺れが足全体を巡り呻き声が漏れ出た。堪らずバシバシ足を叩いて紛わせようとしていると正面から何か押し殺したような声が聞こえてくる。


「……先輩っ」

「ふっ、わ、悪い……」


足の内側を何かが蠢いているような感触が気持ち悪くて痛くてキツい。そんな中笑いを堪えている先輩をジトッと見上げる。大丈夫かと聞いてくるが緩みまくった目尻と引き攣った口角に腹が立ちぞんざいに返した。てか先輩も正座じゃなかったっけ。何で涼しい顔してんですか。
痛みと疑問で益々眉が寄るのを感じながら、また時計を見た先輩が慌てて帰り支度を始めるのを恨みがましく見つめた。


まだ足の裏がもやもやと気持ち悪いがどうにか立ち上がれるようになった頃。帰る先輩を見送る為玄関へ向かう。


「大したものお出しできなくてすみませんでした」

「いや、とても美味しかったよ。ごちそうさま」

「そうですか?ありがとうございます」


軽くお辞儀をしてから、黙る。
どうにも別れがたい。

『今日は』大丈夫という事でこうして部屋に招いて話したり飯食ったり出来たが、先輩は普段近付く事すらアウトな人な訳で。今日帰ってしまえばもう話す事も無いのかと思うと残念で仕方無い。折角優しい良い先輩に出会えたと思ったのにこれっきりなのか。本当に、残念だ。
『さよなら』の一言をなかなか切り出せず、困ったように先輩を見ると苦笑された。


「あー……。また、機会があったら、食べさせてくれ」

「……はい!」


一拍置いて何を言われたのか理解し、顔が綻ぶ。


「じゃあまたな」

「はい、また。おやすみなさい」


ただの別れ際の定例句だろうが、別れの言葉がさよならでなかったのは嬉しい。また、本当に話せたら良い。
出て行く先輩を笑って見送りながら強くそう思った。



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