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「!た、卵!」

「卵?」

「今日の俺の晩飯です!」


足元に落ちていたビニール袋が目に入った瞬間、今日買った食材の事を思い出し急いで中をがさがさと確認する。良かった、無事だ。はぁ、と胸を撫で下ろしていると先輩が不思議そうに話し掛けてきた。


「自分で作るのか?」

「はい。食堂はちょっと懐的に厳しいので。今日は親子丼です」


近付いてきた先輩に袋の中を開いて見せた。そういえば先輩の手にもビニール袋がある。何の気無しにひょいと覗き見ると、某10秒飯なゼリーやバランス栄養食な箱が大量に。……飯?


「……いつも、そのような感じの物を召し上がっていらっしゃるんですか?」

「まぁ、楽だし」


食堂や売店のような人混みの中に行きたくなく、かといって料理ができる訳でも無い。さらに仕事が忙しく食べる時間が勿体無い。という事でパッと買って直ぐ出ていけるこんなラインナップになるらしい。


「今日は大仕事が終わって久し振りに休みをもらえたんだが、ついいつもの癖で、な」

「う〜ん……」


成長期真っ盛りな男子高校生の晩飯がこんなんで大丈夫なのか?
心配半分。呆れた目でそれらを見ていたら、なぁ、とどこか迷うような声を掛けられ顔を上げる。


「親子丼ってどんなものなんだ?」

「え?」

「……聞いた事はあるんだが、普段はこれだし、家はほぼ洋食でな」


少し恥ずかしそうに聞いてくる先輩に、そりゃいいとこのお坊っちゃんが丼物とか食べる訳ないかと妙な納得をして作る工程を思い出す。


「鶏肉と野菜などを出汁で煮て、卵でとじてご飯の上に乗せた物です」

「へぇ……」

「肉が親で卵が子供って事で親子丼。って事ですね」

「…………」

「…………」


言ってから思う。可愛らしい名前に反してなかなかにエグいな、と。しかし気にしたら負けなんだろう。目の前の先輩も一瞬微妙な表情をしたが直ぐに何でも無いという顔をした。
そうか、と言った後どんな物なのか想像しているのだろう。腕を組んでう〜んと先輩が考え始めた。それを見てふと思いついた事を口に出す。


「食べてみますか?」

「うん?」

「親子丼」


ビニール袋を小さく掲げて聞いてみる。


「百聞は一見に如かず。一見よりも実際に食べる、という事で。釣り合わないかもしれませんが秘密、守っていただくお礼とさせてください」


そう、軽い気持ちで言ったのだが先輩は面食らった顔をして一瞬固まり、ぶつぶつと何か呟きながら考え込み始めた。じっと考える姿を見て少々慌てる。割と和やかな雰囲気だった為思わず言ってしまったが出会って直ぐの相手にいきなりそんな事を言われても困るよな。断り辛いし。


「あ、お忙しいのでしたら……」

「……あー、迷惑で断るのを困っている訳ではないから」


アワアワと話し掛けると少し面倒な事があってな、と頭を掻いて難しそうな顔をする先輩。本当かと顔色を窺うと苦笑を返され余計気を遣わせたみたいだと反省。
そうしている間に空を見上げた先輩がポツリと呟いた。


「場所が、なぁ」

「?俺の部屋へどうぞ?一人部屋ですので同室の方もいませんから気兼ねなくいらしてください」

「一人部屋?……特待生か?」

「はい」


基本ここの学園の寮は二人部屋なのだが特待生と生徒会や風紀委員、その他特別な生徒は一人部屋で棟まで違う。特待生は勉学やスポーツ、芸術。役員生徒はそれぞれの仕事に集中したり気楽に休めるようにという事での待遇らしいが、本当に金が掛かりまくっているなぁとただただ驚嘆する。


「……じゃあ大丈夫だな」

「?」

「いや、何でもない。言葉に甘えさせてもらっても良いか?」

「あ、は、はい」


遠い目をしていたらボソリと呟かれた言葉をよく聞き取れず聞き返す。しかしヒラヒラと掌を振り遮られて諦めた。来てくれるのなら、まぁ良いか。

時間を決め寮の番号を教えた後暫く雑談をし、本当に良いのかと念を押すように聞かれた問いに寧ろそっちに不都合があるんじゃないかと不安になりつつも了承して、もう少し休んでから行くと言った先輩を残し先に寮へ帰る事にした。


「それじゃあ、後から邪魔する」

「はい、お待ちしています」


軽く手を挙げる先輩に頭を下げてから舗装された道の上を歩き始める。座る先輩が木々に隠され見えなくなったところでふはぁ、と溜め息を吐いた。
いやぁ、しかし良い人だった。顔が良くて性格も良いってどんだけ凄いんだ……。と、思った所ではてと首を傾げる。

何か大事な事を忘れている気がする。




「あ」


名前聞くのを忘れていた。
直ぐまた会えるからその時聞くかとそれは解決。でもまだ何か忘れているような……。
う〜んと考えたが思い出せず、一旦諦めて寮に帰る事にする。


「……うん、てかここどこ」


戻って先輩に聞くのも面倒な距離まで歩いて気付いた。そう言えば俺迷子だった。忘れていたのそれだ。
舗装された道だから大丈夫とは思うが半分泣きそうになりながら見覚えのある建物を必死に木の隙間から探す。地図でも持っときゃ良かった。
そうしてなんとか寮に辿り着いた時には疲れで悩んでいた事などすっかり忘れ。祖母に妹の連絡先等を教えた後は迫りくる約束の時間に慌てて夕食の準備に集中した。



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