聞かれました
パチンとケータイを閉じ背面ディスプレイに映った時計を見て息を吐く。おっとりとした祖母と話し出すとどうにも長くなってしまう。久し振りに素で会話出来て自分もついつい沢山喋った自覚はあるけれど。
さて暗くなる前に早く戻らねばと振り返った視界の端に、違和感が一つ。
「…………」
ビタリと踏み出しかけた足を止め、暫し思考。
何か見えた気がしたけど、気のせいだよね。さっきしっかり周り確認してボタン押したもんね。うん。林の中だし、人なんか来る訳ないよね。あれ、でもなんかここ最初いたとことなんか景色違くない?目印にしていた建物どこ行った。え、迷子?いやいや、んな訳ないって……。
明らかに願望でしかない事を頭に浮かべ、ギギギ、と油切れた機械のような動きで顔を違和感があった方向へ向ける。
若葉や花々の織り成す色鮮やかな景色の中にポツリと置かれた白いベンチ。誰からも忘れられ朽ちかけているその板張りに悠然と腰掛けている漆黒。艶やかな黒い髪と瞳を持った男が一人、こちらを見ていた。
バサッ、と手にしていた荷物が手から滑り落ちる。
「今の……聞かれました?」
「ん?……あぁ。盗み聞きするつもりはなかったんだが」
「そ、そうですか……」
ハハハと乾いた笑いが空しく響いた。ツツジの背の低い植え込みを挟んで会話をする相手が訝し気に眉を顰めるがどうにもこうにも。
優奈、広人、ごめん。兄ちゃん早速バレたわ。
不審気ながらも悪い、と言った相手の声には申し訳ないという気遣い以外何の色も乗っていない。嫌味も、好奇心も何も。それに少し安堵するが油断は出来ない。
「あの、……その!今の事は、どうか……誰にも言わないでくださいませんか!」
「流石に内容をしっかり聞いていた訳ではないが、そんなに慌てるような話だったのか?」
小さく首を傾げられジワジワと焦りが這い上がる。どうやら相手は俺が聞かれたくないような話をしていたのだと思っているらしい。いや、分かっているでしょう。そうじゃないって。
「そうでなく、その……口調というか、……な、訛っている事を…」
「……あぁ。そっちか。言わないよ」
得たりと頷いてあっさりと了承する姿に拍子抜けした。しかし寧ろ警戒心が高まる。それは本当なのか。何か要求してきたりするのではないか。中途半端にして不都合があっては敵わない。
「本当に、ですか?」
「……地方出身というだけで見下す対象にされることも少なくないし、少しでも周囲と違えばすぐ爪弾きにあってしまうだろう。特にこの学園は排他的だからな」
疑わしげな視線に気付いたのだろう、苦笑と共に言葉が重ねられる。
「こちらとしても面倒事が増えればその分仕事が増えるからな。自分の首を絞める真似はしない」
そう言って安心させるようと笑う姿に、はぁっと安堵の息を吐く。人の心を読んだりとか嘘を見抜くとか、そういう才能はないので真偽の程は分からないが、何となくこの人なら大丈夫だと思えた。
そう思ってしまえば湧いてくるのは罪悪感で。焦って取った行動だと言えばそうなのだが今のは悪意の無い人に対してあまりにも失礼な態度だった。
「ありがとうございます。あの、……疑ってしまって申し訳ございませんでした」
「いや、それくらいの警戒心を持つのは当たり前だし必要だ。当然の事をやっているんだから気にする事はないさ」
……大人だ。
さも当然とばかりの顔でそう言い放った相手は見た目の通りに大人っぽい風格を持っているらしい。ネクタイを見れば風紀委員の先輩達と同じ色で一つ上だと知れた。
しかし、たった一つ違いなだけでこうまで落ち着いた雰囲気を出せるものなのか。俺には無理だろうなあ。
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