理由

寮への帰り道。自炊の俺は校内にあるスーパーへ寄ると言ったら二人も付いてきた。疲れたし、入学式というお祝いの日なんだから今日くらいは出来合いか食堂に頼ってしまいたいが、一般家庭の俺の懐とここの供給する商品は相性が悪いから仕方ない。

ここのスーパーはそういった庶民向けの商品を置いているらしく俺のような外部生がちらほらと籠を持って彷徨いていた。二人は普段食堂で済ませているようでこういうお店は初めて来ると言う。……羨ましい。俺は数日前寮に入った時からちょくちょく来ている為案内すると楽しそうに商品を見て回った。


数日分の食材を買い込み店を出る。ちょっとした贅沢で買ったお菓子を三人で分け合って寮へと進む途中、怜司君があっ、と声を上げた。


「そうだ、メアド交換しようぜ」

「あー、そーいやまだだったね」

「忘れていましたね〜」


なんだかんだ今日の事で気を張り続けていたからすっかり忘れていた。マナーモードにしていたケータイを取り出し、赤外線ってどうやるっけと思い出しながらディスプレイを見た瞬間、固まる。

不在着信が5件入っていた。


忘れていた……!朝、葵君を助ける切っ掛けにもなった着信。緊急事態との遭遇に慌て、後でも大丈夫だろうとバックの中に入れて今までずっとそのままだった。急ぎの用事だったらどうしよう……!


「す、すみません!ちょっと電話をするので今日はこれで失礼します!!」

「え!?あ、ちょっと!」

「えぇ!?……あ〜」


交換はまた今度でー!と叫んで駆け出す。きをつけてよー!と聞こえてきた声に手を振って答え、姿が見えなくなった所で人気の無い林へ飛び込んだ。




初めの着信から何時間も経っている。緊急なら学園の方へ掛けているだろうからたぶんそこまで大したものでないかもしれない。けれど、相手は今日が学校と知っていた筈なのにその時間に5回も掛けてきているのだ。何があったんだろう。

林にすっかり入り込んだ所で周囲を見回す。迷子にならない様目印になるような建物を林の合間から見付け、辺りに人がいない事をしっかり確認してからボタンを押した。数コールの後、ガチャリという音の後、相手の聞き慣れた声が聞こえてくる。





「……もしもし?ばあちゃん?どぎゃんしたと?」
(「……もしもし?ばあちゃん?どうしたの?」)

『悠真ね?』

「うん、電話出れんでごめん。何べんも掛けとったごたっけどなんがあったと?」
(「うん、電話出れなくてごめん。何度も掛けてたみたいだけど何があったの?」)

『そっがね、優奈(ゆうな)ちゃんの荷物、ちいさかカバンばいっちょうっちょいて行っとらすっごたったい』
(『それがね、優奈ちゃんの荷物、小さなカバンを一つ忘れて行っているみたいなのよ』)

「マジね?」
(「マジで?」)


一度ほっとした声を出した後慌てて話す祖母の話にあちゃーっ、と額を押さえる。優奈とはこの学園の女子中等部に俺と同じく今年入学する妹の事だ。近くの木の幹になんとなく手を付きグルリとその周囲を回りながら話を促す。


『陰ん方に落っこちとったみたいでかっ、今ん今まで気の付かんでかったい。送らなんどと思たとばってん住所と電話の書かれとる紙、うち捨ててしもたごたったい』
(『陰の方に落ちていたみたいで、今まで気が付かなかったのよ。送らなきゃいけないと思ったんだけど住所と電話を書いてある紙、捨ててしまったみたいでねえ』)

「あー、分かった。今ちょっと外さん出とって分からんけん後で確認してかっまた電話すんね」
(「あー、分かった。今ちょっと外に出ていて分からないから後で確認してからまた電話するね」)

『忙しかとこれごめんねぇ。いんのがいっとんならおおごっだけんてお父さん達にも掛けたとばってん出ならんもんだけん』
(『忙しいのにごめんねぇ。必要なのが入っているなら大変だからってお父さん達にも掛けたんだけど出ないものだから』)

「気にせんでよかよ。元はあいつがうっかりしとったつが悪かっだけん」
(「気にしなくて良いよ。元はあいつがうっかりしてたのが悪いんだから」)


足元の草を蹴り、申し訳無さそうに話す祖母を宥め溜め息を吐き、大きな木を見上げた。


さて、俺が何と喋っているかお分かりいただけているでしょうか。意味は分からなくもないかもしれませんが、ほぼ何言ってんのこいつと思われた事でしょう。これが、俺が頑なに敬語を使おうとする理由です。実は俺、地方出身でして。かなりの田舎もんなんです。

更に幼い頃から両親が共働きだった為、じいちゃんばあちゃんっ子になった俺と妹は他の同級生よりも訛りまくっているそうで。父が都内に転勤で付いて行くとなった時に従兄弟達からそれで苛められるのでは、と心配されてからこうして敬語を使うようになりました。
敬語なら辛うじて訛って聞こえないと言われたけれど、常に丁寧な口調でいるのは正直しんどい。普通に話しても訛らなくなるようになるか、周りと仲良くなって訛っていても苛められたりしない関係を作るか。どっちかが出来たら普通に喋ろうと思っているけどいつになる事やら。


「……はいはい、ばあちゃんも風邪ひかんごつせにゃんよ。じいちゃんにもよろしく。うん、ならね〜」
(「……はいはい、ばあちゃんも風邪を引かないようにしなきゃいけないよ。じいちゃんにもよろしく。うん、じゃあね〜」)



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