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小さな紙擦れの音すら憚られる静けさの中。密やかに交わされる情報に眉を寄せる。己の考えていた通りあまり良くない状況だという見解に瞼を閉ざせば話していた痩身の男が溜め息と共に苦笑した。


「まぁそんな感じであの子の身の安全については細心の注意を払ってはいくけど。あんまり厳重にしすぎると逆に怪しいし、ずっと見てもおけない。だから確実って保証はできないのは勘弁してね」

「……分かった」

「まぁ、予想外れで取り越し苦労で済むのが一番なんだけどね」


軽い口調の物言いにいらえを返せば前に座る男は安堵したように力を抜いた。昨晩聞いた情報と本日別の視点からの情報とを合わせた上で出された結論。後輩が出会ったという人物については恐らく現在警戒している者の内のどちらかであろう。それがどう動く気なのかは謎であるが、もしまた接触した際万が一何かの切っ掛けで俺との関係を知られたと思うと拙い。
後輩が関わるのはできるだけ避けたい所だというのは対面の二人も同様で。対策の説明を受けた後に短く感謝の言葉を述べると、それまで話していた男が急に黙り込んだ。


「どうした」

「……ぐふぅっ。っ、何でも、ないよ。……っいや、やっぱちょっとこう二人のコトについて色々とkws、っぐ」

「放っておけ」


妙ににやつく優男に目を眇めやれば途端表情を崩し顔をそらす。何を笑うのかと訝しむ俺の前で何か捲し立て出した男の顔が、横に座る上司の手によって机上へ押し潰された。謎の掛け合いに片眉を上げ潰した方の男を見れば溜め息を吐いて組む腕を解いた。


「しかし。彼自身はいたって善良な一生徒だというに、何かと厄介な人物との関わりを持つな」


言いながら向けられる視線は俺も含んで、と告げている。からかいに細まる目が苛立たしく、苦い息を吐き出すと、喉で笑った男は背凭れへ体を預け手を広げた。


「何れにせよ、この先に何が起こるか等知る術も無い。だがこれ以上何か関わる事があるのならばある程度は利用させてもらう」

「…………」

「恨むなよ。こちらとしても本音ではあまりそれを歓迎したくはないのだからな」


肩を竦め参ったと嘯く男の顔は本当に後輩を案じているのか。上がった口角が言葉を裏切っている。
強く睨めば男は可笑しげに笑い、机に手をつき立ち上がった。


「あぁそうだ。そちらの隊長殿が何やら画策しておいでだが。そちらは遠慮無くこちらでも活用させていただくよ」

「勝手にしろ」


友人が何かしら面倒な計画を立て行動しているのは知っているがどうせ下らないものだ。それをどうしようとも構わないだろう。
溜め息混じりの返事に笑った男は小声で何か呪詛めいた言葉を発している連れの襟首を掴んで引き立たせると扉に向かって歩きだす。それから視線をそらし、暗い色をした窓へ目を向けていると。


「お互い難儀だな」

「…………」


それは何に対しての言葉か。閉じた扉は何も答えない。
静まり返った部屋で一人。ギシリと音を立て背凭れへ体重を掛けた。

彼等の計画と擦り合わせ、如何に自分が動くか考える端で。昨晩の、話をしている間も何処か上の空で不安気な空気を纏っていた後輩を想う。何に気を煩わせているのか。それを話してほしかったのに。不器用な笑顔で隠して黙って吐き出さなかった。
また以前の様に抱え込んで傷付いているような危うさに、頼ってはくれないのかという焦燥と。近付いて良いのかという躊躇い。結局はやんわりと拒絶を示された事で言葉を飲み込んでしまった。
手を伸ばし、触れ合い。一時の気不味さから多少角は取れたつもりでいたが今度は彼からの壁。それを受け、自分は存外ショックを受けているらしい。身勝手な事だ。しかしそれでもせめて、他所からの手を使ってでも彼の身の安全だけでも守らねば。


そんな決意の中でも。何にも冒される事無く、何にも憂う事無く。自分だけの手の中に仕舞っておければ、等と。あの部屋の中にある彼のその身も心も全て守りたいという思いがもたげるのは、傲慢なのだろう。
日増しに強くなるエゴに頭を振る。難儀は難儀だ。厄介なのも、重々承知。いっそ手放してしまった方が安全なのだと理解していても。あと少しだけという欲が未だに決心を鈍らせる。けれど。


夕立が窓を叩き出した音に顔を上げる。降り始めの雨は大人しく。建物を包むよう注ぐ。
背筋が冷える様な感覚に渇いた喉を鳴らし立ち上がり、震えるケータイに手を伸ばした。



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