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「『シズク』……シズク、ねぇ」

「分かりますか?」

「う〜ん。ちょっと厳しいかなぁ」


明日に向けバタバタと忙しく走り回るメンバーとは扉で隔てられ、和彦君と二人昨日の出来事を先輩達へ話す。
ただの不審者と言うには怪し過ぎで、また皆瀬君に近付く人物だというならば、ときちんと幹部に報告するよう言い付けられた今日。個室での会話に緊張しながら話終えると、少ない情報に絹山先輩は腕を組んで唸った。個人を特定するにはあんまりにもお粗末な報告。その名前や特徴にきっちり該当するのはいないようだ。ですよねぇ。
中途半端な話をしてしまって申し訳無く、居心地の悪さを感じているとペン、と両手を合わせる音が響いた。


「でもそうだね。すごーく気になる人物だから調べてみよう」

「副委員長がですか?」

「うん。たぶん、前のアレと関係あるんじゃないかな」

「前のって……」


皆瀬君の、転入生騒動の、って事か?
思わず目の前の二人を交互に見やると絹山先輩が笑ったまま頷く。だったら。


「ではまた接触する機会があったら出来うる限り情報を引き出しておきます」


視線を鋭くした和彦君が言う台詞に同意して頷く。それでどうにかしっかり解決できれば晴れて学園が平和になる。正義の味方な発想のようで単に早く自分が安心したいだけの望みの為。頑張ろうと意気込む。
そんな時。それまで黙っていたもう一人の先輩が徐に口を開いた。


「いや、二人は極力接触するな。見掛ける、若しくは皆瀬からの連絡があり次第コイツか俺に回せ」

「え」

「そうだね。それがイイや。見掛けた場合二人は目撃地点と……他に同行者がいるかだけ教えてくれたら後は追っ掛けたりしなくてイイよ」


え。何で。
天蔵先輩の言葉に驚きにパチパチと瞬く間にサックリと応じた絹山先輩が本当に最低限な指示を出す。
沸く疑問に開いた口を動かせないでいると、先に気を取り直した和彦君が眉を潜めて声を発した。


「そんなにヤバい人物なんですか?」

「うーん。予想通りならベツに暴れたりとかするようなヒトではないだろうし、ぶっちゃけ全然大したことはないんだけど……」


顎に手を当て天井を見上げた絹山先輩は言葉の通り軽い口調で答える。しかし言葉尻は意味深で。何でだと天蔵先輩を見ると、一瞬細めた眼差しでヒタリと見据えられた。


「……あんな騒動に関わってるかもしれない相手を一年生に相手させるわけにはいかないでしょ?」

「何今更そんな事、」

「はいはいいーからいーから先輩のゆうことは聞ーくー」


一歩踏み出した和彦君の額を絹山先輩が片手で押し戻しニッコリ笑う。ギッと睨んだ和彦君の視線にも全く気にした風もなく、寧ろ笑みを深めて聞けないの?と首を傾げる。その様がちょっと怖くて、余計顔の険しくなった和彦君の袖を引っ張った。


「よーし。ともあれ情報ありがとう。暑い中頑張った二人には特別に今日のオヤツのゼリー二つにしてあげるね」


軽やかに俺達の前を横切り扉を開け放った絹山先輩が先生へ声を掛けた。それを聞いた他のメンバーが贔屓だと不満を上げるのをあしらいながらオヤツを受け取った絹山先輩が扉の前で手招く。急な話の転換に戸惑い天蔵先輩を見るけど、早く受けとれと促されて足を進める。はい、と渡されたそれを受けとれば、そのまま流れるように部屋から出され扉を閉められた。
え。と思った時にはもう遅く。色々意味が分からなかったが、一先ずジトッと恨めしそうな顔をするメンバーから逃げようと風紀室を抜け出した。





「誤魔化されたな」

「ね」


ヒンヤリと冷気を纏ったゼリーのカップを二つ持ち風紀室を逃げ出した俺と和彦君はムスッとむくれながら廊下を歩く。絨毯が音を吸って分かり難いけれど足取りは荒い。


「俺達じゃ頼りねぇって事か」

「何か、悲しいね」

「こうなったら言う事聞かずにあの男突き止めて……」

「……できる?」

「…………」


問い掛けに和彦君は口を閉じ、ムッと尖らせた。命令違反のお叱りは怖いものがある。それに何より先輩兼上司命令を反故にできる程お互い破天荒ではない。真面目で良いと褒められるけれどたまにやるせなさを感じるな、と溜め息を吐きながら肩の力を抜いた。


「基本的にあの二人、と言うか委員長は学年とか関係無くわりと危ない事もやらせてくるのに今回止めたって事は、マジでヤバいのかなぁ」

「大した事ねぇっつったじゃん」

「あー……じゃあ何でだろ?」

「あぁ?相手がヤバいんじゃないなら俺等が駄目ってか?」

「何で?」

「さぁ」


苛立ち紛れの適当さか。ぶっきらぼうに答えた後、廊下途中の椅子に乱暴に腰掛けた和彦君はゼリーの器をカパリと開けてスプーンを刺す。並んで座り俺もゼリーを開けながら背凭れに体を預けた。


昨日のあの人は、いったい誰でどんな人なのだろう。直接対面していながらさっぱり分からない。あの人が本当に前回の騒動に関係しているのか。だとしたら皆瀬君危なくないか?天蔵先輩達がなんとかしてくれるんだろうか。
そう言えば昨晩先輩に話した後も帰り際にあまり関わらないように、なんて言われた事を思い出す。先輩もそれを考えていたという事か。あの事件の関係者となると。先輩の、親衛隊に連なる人物だという事になるよな。
だったら余計に気になるなという焦りと。先輩は大丈夫だろうかという不安。そして。先輩の顔を思い出した事で、昼間どうにか押さえ込んだ筈の嫌な気分が胸にドロリと流れ込む。あぁ違う。今はそんな自分の事はどうでも良いのに。

仕事中だと意識を切り替えようとするのにモヤモヤとしたものが剥がれない。落ち着かない気分が嫌だ。……ついでに隣から無言の怒りがドンドン増している気配がして気になって仕方無い。ゼリーぐちゃぐちゃにするだけで食ってないし。
これはもうどうしようもないなと息を吐き出して、一先ず考えるのを止めた。


「取り敢えず。別なとこで頑張ろうっ」

「……おー」

「ほら、和彦君も元気だして。蜜柑あげるから」

「物でつってくんな。……でも良いのか?蜜柑好きだろ」

「何かこれ赤くて怖い、わっ、ぐむ」

「食いたくないから寄越しやがったな」


パンッと顔をワシ掴まれて悲鳴を上げる。その口の中に、よそった蜜柑を突っ込まれた。危うく喉奥に落ち掛けたのを咀嚼すれば意外にいけて。美味い、と和彦君を見れば呆れた顔で自分のゼリーを食べ出す。好きな葡萄を口にしたお陰かやや元気を取り戻したらしい和彦君を見てこっそり笑った。


大丈夫。なんとかなるって。そう和彦君に言いながら自分に言い聞かせる。
きっと大丈夫。どうにかなる。同じ言葉を繰り返しながら食べ終えたカップをゴミ箱へ投げ入れた。



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