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投げやり気分でこの後の流れを考える。先輩方ならなんとかしてくれるだろうから兎に角棟近くまで連れていけば良い筈。……大人しくついてきてくれるだろうか。
こっそり連絡を入れながらほんのり心配していると、からかう和彦君に何度か抗議していた皆瀬君が急にハッとした様子で、なってないからな、と俺に念を押して言ってきた。何故だか必死な様子が可笑しくて、苦笑しながら頷いた。


「よくあるだなんて大変だね。……嫌な事とかもあったりする?」

「っ、や、だ、大丈夫っ。……よくあるのは笑ってたり満更でもなさそうだったりなんかドタバタで。殆ど笑い話になったりうやむやになっちゃったり。だいたいはそんな感じだから気は楽、だな。……ただ」

「ただ?」

「……祥守も……そんな事あったんだけど。嫌な顔はされなかったのは良いんだけど、笑い飛ばされたのは、ちょっと、……ちょっと……」

「……悪かったって」

「!や、だから、別に、本当にそんなっ!気にしてないからっ。違うからな!」


また違う違うと何故か俺へ向かって真っ赤な顔を横に振る皆瀬君に思わず生温い笑みを返してしまう。あぁ、好きな人に全く意識されていないのが結構辛かったという事か。確かに嫌がられなかっただけ良いんだろうけどね。そうだな。もしそんな時笑われたり嫌がられたりなんてしたら……。


「…………」

「……、ん?どうかしましたか?」

「…………」


ふと視線を感じて見回すと、シズクさんがこちらを見ていて首を傾げる。直ぐ様プイッと顔を反らされたけれど、今のヒヤリとした見られている感覚は、いつかもどこかで感じた事があるような……。
胸に当てていた手を下ろし体ごとシズクさんの方を向く。何かあったかと訊ねても、また微動だにせず。うーん、と頭を掻いて悩む横で、話は締めに掛かっていた。


「兎に角。こんな人目に付かない所で彷徨いていたら疑われて当たり前だから。疑われるような事はしない、でお願いしますよ」

「う、はい」

「…………」


気まずそうに返事をした皆瀬君の後ろへまた隠れたシズクさんも渋々といった感じで小さく頷く。そんな二人の姿にまぁ良いかと息を吐いた。


「では帰りは先導しますね……って、あ」

「え。ここで逃げるのかよ!」


やっぱり逃げたか。
こっちだと半身になって道を指した瞬間。パッと身を翻したシズクさんが林の中へ飛び込んだ。分かっていたし、気を抜かないようにしていたけれど意外に足が速く、また道なき道を躊躇い無く突っ込んでいかれたせいで見失ってしまった
。どこへ行ったと足を止め見回す。そんな時。右の方向からドダン!と大きな音が響いた。


「何だっ?」

「先輩、まさかまたこ、……っ」

「また、何」

「や。何でもない何でもない」


顔と共に掌を横に振り回す皆瀬君の様子は明らかに可笑しいけれど兎に角音の確認が先。
庭樹を飛び越え辿り着いた少し開けた場所。その音がした辺りを見てもシズクさんがいないのは勿論、特に異変も無い。……と思ったけれど。
潰れた草や少し崩れた枯れ葉の山、が、慌てて元に戻されたみたいた跡。


「チッ。どこ行きやがった……悠真、分かるか」

「……うーん」

「悠真?」

「……どっち行ったかは、分かんない」


そうか、と舌打つ和彦君の声を聞きながら遠い目をする。
転んだんだろうな。ここで。逃げてるのに態々跡を隠すくらい恥ずかしい程に。いっそ見付けないのが優しさか。いや、それだと風紀として駄目だ。躊躇い無く走ったんだからたぶん帰り道は分かってるだろう。後は身元について。


「皆瀬君」

「うぇ、な、何」

「今度シズクさんと会った時は俺達に連絡してくださいね」

「えっ吉里に……!?」

「……俺に連絡しろ」

「何で!?」


捕まえられさえすればどっちでも良いんだけれど。
そう思ったのに二人で何か言い合いを始める。それに呆れながら取り合えず逃げられた旨をさっき連絡した先輩へ送った。怒られるだろうかとハラハラしながらケータイの画面を見ていると、話終わったらしい皆瀬君がこちらへ近付いてきた。


「よ、吉里っ」

「ん?どうしたの?」

「っ、や、あの、な!先輩ともだけど、他の奴らとも、俺は友達だと思ってるしっ。噂とか勝手に立てられるけど全然違うからっ!……祥、守は、そのっ、えと……」

「……うん、分かってる。大丈夫だよ。いつもお疲れ様」


力一杯。一生懸命否定する皆瀬君に笑って返す。大丈夫大丈夫。ちゃんと分かってる。違う、違う。何でも無い。何とも無い。
怜司君との別れ際無意識に唱えていたのと似た言葉が頭を巡る。それは今の皆瀬君の台詞とも似ていて。
何に。どれに。その言葉をぶつけているのか。どうして、そんな事をするのか。考えが浮かび掛ける度にまぁ良いかと切り捨てて、沈める。そうする毎に胸奥の凝りが硬く大きくなる感覚がする気がする。気がする、だけだきっと。






「今日は何かあったか?」


いつもの夕飯の時間。不意に掛けられた問いに瞬く。和彦君に言われたのと全く一緒な問だ。吹き出すのを耐えつつ、何だか真剣な顔の先輩へ返した。


「色々ありましたけど、いつも通りでしたよ」

「いつも通り?」


笑いながら答えると、先輩は眉を顰めて首を傾げる。何か疑っているような様子にこちらも首を傾げればまた神妙に問い掛けられた。


「何か、あったんじゃないか?」

「……そうですね」


問いが同じであれば答えも同じ話だと舌に乗せようとして。


「クラスメイトとお喋りしたり。見回りで見付けた謎な人に逃げられたり、色々あって疲れました」

「謎な人?」

「はい。皆瀬君と一緒にいてですね、」



ザックリと。概要だけの説明をして肩を竦める。そして食いついたシズクさんの話を苦労話として切々と語りお茶に手を伸ばす。親切な人と皆瀬君は言うけど心配だとか。風紀の先輩方には逃がした事より現場に呼ばなかった事を叱られたとか。色々織り混ぜて。難しい顔をしながら聞いてくれた先輩が、こちらでも調べると言ってくれたのに安心して話を終えた。


「……それだけでは、」

「まぁ兎に角そんな訳で、今日はまたとても疲れた、ので」


更に何か聞こうとする先輩の言葉を遮り、両手を広げ伸ばす。ニッと笑って充電、と口にすれば先輩は口を開いたまま固まった。俺から飛び付いてやろうかとも思ったけれど、先輩から来てくれるのをジッと待つ。
暫く見詰め合った後。先輩は溜め息を吐いて箸を置き、席を立った。俺の隣に座った先輩がそうっと頬に触れ、目尻を撫でる。その掌に擦り寄るとゆっくり引き寄せられ抱き締められた。

先輩から来てくれた事と。触れ合う体温に。感触に。匂いに。ホッと気が緩む。落ち着く。そしてやっぱり嬉しい。幸せだ。

凄く幸せ。なのに。

胸の蟠りがまたより一層大きくなっていくような感覚を。どうしてクラスメイトとの話をしなかったのか、なんて疑問ごと飲み込んで。違和感渦巻く胸と瞼を先輩の胸と肩へ押し付けた。



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