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すっとんきょうな声を上げ硬直してしまった皆瀬君に小走りで近寄る。この辺りは基本的に手入れもされていない場所なので一般の生徒は入らないよう言われている。そんな人目につかない場所だからこそ、時折面倒な事をしにやってくる人がいる。そんな場所に、ちょっと前まで危険にさらされていた皆瀬君がいるだなんて。何かあったのか。


「え、よ、よしざ、……え!?」

「はいはい。落ち着け。で。こんな所で何やってんだ、お前は」

「う。……いやぁ、その、別に……ちょっと、散歩してたら、……迷って」

「…………」


襟足を掻きながら恥ずかしそうに答える皆瀬君の言葉は、たぶん本当なんだろう。助かったと若干鼻声で胸を撫で下ろす姿に嘘は見えない。何だ。危ない事じゃなかったか。いや、迷子は危ないか。だったら発見できて良かった。良かった、けれど。


「そして?そっちの顔をお隠しのお連れさんは何方で」

「…………」

「あ、え、えぇっと……」

「無言。となると怪しいとしか思えませんが」


固く厳しい口調で睨む和彦君に皆瀬君の後ろに隠れた人がたじろぐ。二人組のもう一人。ウィンドブレーカーのフードを目深に被ったその人は、最初は山本君だと思っていたのだけれど彼より細身で頼り無い雰囲気で。何より何も喋らないのは可笑しい。誰だ。
和彦君が淡々と問いを重ねても警戒した様子で黙り。首すら振らない。この暑いのに、薄手とはいえ長袖の上着を被って林の中で皆瀬君と一緒。……怪しい、よなぁ。

顔を隠しているって事は一時期皆瀬君を取り巻いていた人気者の誰かか。それとも、皆瀬君に害を与えたい人?雰囲気的に違う気がするけどどうだろう。身長は皆瀬君より低くて、俺くらいかな。後の特徴は……特に何も無いなぁ。私服だから学年すら分からない。
誰だと俺もつい眉を顰めて見詰めていると、皆瀬君が慌てたように手を振って前に出た。


「あのっ、な。ほら。前話してた、相談にのってくれてた先輩で!えっと、人見知りらしくって……あー、ごめん?」

「何でお前が謝んだ」

「……何と無く……つい」


和彦君の睨みに萎れた皆瀬君が項垂れる。その間も渦中の人物はジッと黙ったまま、皆瀬君を盾にジリッと後退する。これは逃げる気だ。
そうはさせられないと一歩踏み出して明るめに声を掛けた。


「えっと、こちらとしても不審者扱いはしたくないのでお名前だけは教えてください。それが駄目でしたらチラッとでも顔を見せてくださいね」

「…………。…………シズク」


ポソッと小さく呟かれた声は低く潜められているが中性的な響き。どこかで聞いた事がある気もするけど、どうだろう。分からない。名前ももう一度聞いたけど下だけ、というか偽名の可能性もある。学年は二年か三年か。うーん、これはやっぱり顔を見ておいた方が良いのでは。
流石に飛び掛かってフード剥ぎ取るのは無しだよな、なんて考える横で、皆瀬君の話を聞いていた和彦君が呆れた溜め息を吐き出した。


「ほほー。それでお前は山本達にも何も告げずにこんな辺鄙な場所で逢い引きしていた、と」

「あ、逢い……ち、違う!違うからな!」


顔を真っ赤にして首を横に振りまくる皆瀬君が必死な声で俺に向かって叫んだ。あんまり必死過ぎて本当に違っているのかそうなのか逆に分かり辛い。そんな様子に和彦君がどん引いた顔をした。


「お前……マジかよ。気が多いにも程があるぞ」

「ホントに違うって……!」

「……止めてくれる?」


泣きそうな皆瀬君の台詞に被さるよう発せられた凍った声に空気も冷える。ソッと皆瀬君の背後を窺い見れば表情は見えないながら怒った様子のフードな彼。
シン、と静まった空間に夕暮れ時の蝉の声。暑さを忘れ黙り込む俺等に皆瀬君がポツリと言葉を落とした。


「あの、そういう風に勘違いされんの、マジで、もうしんどいと言うか……割りと傷付くから、勘弁な」

「……わりぃ」

「俺自身は微妙に慣れてきたけど……相手にこう、迷惑掛けたりとかすんのも、嫌だからさ。な」

「そうだな。失礼しました」


ついさっき、自分も決め付けられるのは嫌だと言っていた事だったと呟いた和彦君は二人に向かって頭を下げる。キチリとした謝罪に慌てて大丈夫だけどな!とフォローを入れだす皆瀬君。フードの人は無言のままフイッと顔を背けた。何も言わないけれどもう怒ってはいなさそうだから許してもらえた、のかな。
緩んだ空気にホッとして肩の力を抜く。一緒に緊張感も消えてしまったけれど、何かもう良いかと姿勢も崩し話す二人を眺めた。


「しかし、慣れたって。よくある事なのか」

「まぁ……生徒会の皆、とか他にもよく話す奴等とか……祥守とか……」

「最後顔赤らめんな」


テンションと共に声のトーンも落ちていたけれど突っ込みだけは鋭い。和彦君の冷めた視線に直ぐ様皆瀬君は赤くなってない!と慌てて首を振った。何かもう、微笑ましいな。
完全に気の抜けた状態で二人のやり取りを眺める。皆瀬君の背中から離れた、シズクさん?も呆れた風に見ていて逃げる様子がない。何も解決してないけど、一応一段落で良いか。後は風紀室にいる人達に任せよう。



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