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パタンとドアを閉め、部屋に上がり明かりを点ける。摺り足の音が無音の部屋に吸い込まれるのを聞きながらクッションの側に腰を下ろし、大きく溜め息を吐いた。

何と無く顔が火照った感じがする。風邪……ではないだろう。はしゃぎ過ぎてその熱が冷めていない感覚。落ち着かないけれど、嫌な感じはしなかった。
ゆるゆると力を抜きクッションに倒れ込みながら目を閉じる。投げ出した掌も、不思議な余韻が残っていてクッションに押し付けた口がヘラリとにやけた。

自分より大人っぽく骨ばった掌。温かいそれが頭や頬を撫ぜるのはとても心地が良い。そんな温もりを両手に感じる体勢はちょっと気恥ずかしいし、同性として一歳しか変わらない相手との差を知るのはなかなか悔しいものはあったけど、そんなちっぽけなプライドを感じるより何倍も幸せが勝った。言ってみて良かったなぁ。

結局どこまで良いのかは先輩にもあやふやだったみたいだけど、いっぱい触ってもらえたから良いや。たぶん喜び過ぎて顔が赤くなっていた気がして恥ずかしいのもあったけど、先輩もちょっと赤くなっていたからお相子お相子。

どことなく体が浮き立つようなほわほわとした気分でぼうっとしていると、突然ポケットが振動して飛び上がった。バクバクなる心臓を押さえてケータイを引っ張り出すとだいぶ久し振りに見る名前が映し出されている。出ないでおこうかという思考が過ぎったけれどそうすると後々大変な事になりそうだと諦め通話ボタンを押した。


「……はい」

『あ。やっと出た。ヤッホー悠真』

「……急になんね」
(「……急に何」)


『なんねとはなんね。可っ愛い従妹!千代ちゃんからのお電話よ。もっと喜びなっせ!』
(『なにとはなによ。可っ愛い従妹!千代ちゃんからのお電話よ。もっと喜びなさい!』)


夜も遅いというのにテンションも声色も高い。引き気味の俺に従妹は態度が悪いだの連絡全然しないとは何だと文句を言い連ねる。何ともご立腹な様子に長くなるのは嫌だと慌て無理やり話に割って入った。


「で?どぎゃんしたと?」
(「で?どうしたの?」)


『もー……よかばってんね。夏休みそっち遊び行くけん!』
(『もー……良いけどね。夏休みそっち遊びに行くから!』)


「はぁ!?」


マジで?と呟くとマジマジと物凄くテンションを上げて肯定された。都会だヤッホー!とはしゃぐ声を聞きながら茫然と思う。面倒だ……。


『なんねテンションひっかねぇ。広人も会いたがっとっとよ』
(『何よテンション低いわねぇ。広人も会いたがってんのよ』)


「広人には会いたかね」
(「広人には会いたいね」)


『む。私は嫌とね』
(『む。私は嫌なの』)


嫌ではないけど面倒臭い。
げんなりとしながらついポロっと本音を溢すと、一気に不機嫌になった従妹がブスくれた声を出した。


『よかもん。私も会いたかとは優奈ちゃんだもん。悠真はどぎゃんでんよか』
(『いいもん。私も会いたいのは優奈ちゃんだもん。悠真はどうでもいい』)


「……嘘だって。悪かったけん。楽しみにしとるよ」
(「……嘘だって。悪かったから。楽しみにしてるよ」)


初めからそう言え、という返しに溜め息を飲み込む。これ以上機嫌を損ねる訳にはいかない。
家族で来るのか、いつ頃か。そう言えば元気だったか、等と雑談をし一息吐く。聞きたい事は粗方聞いたし、もう遅いし。そろそろ切るか、と話し掛けると従妹は歯切れ悪い返事をして黙り込んだ。


「何?どぎゃんしたんね。何か他にもあると?」
(「何?どうしたの。何か他にもあるの?」)

『……ん、と、ねぇ』

「うん」

『……あの、さぁ』

「ん?」

『……あれから、ね。学校どぎゃんと?悠真は、大丈夫?』
(『……あれから、ね。学校どうなの?悠真は、大丈夫?』)


言い難そうに出された問いに瞬く。そう言えば転入生の騒動で大変なのだと話をしてからその後の経過は伝えていなかったな。
一応心配してくれていたというのに連絡無精だった申し訳無さが浮かび苦笑して口を開く。


「大丈夫。ちょっと大変だったばってん、もう普通んごつなっとるよ」
(「大丈夫。ちょっと大変だったけど、もう普通になってるよ」)


『……そう。そんなら良かった』
(『……そう。それなら良かった』)


安心した声でそう呟いた後に、だったらそう連絡しろと怒られる。忘れていたと言い訳をする俺に一通り文句を吐けた従妹は早くも元の調子を取り戻し、鼻を鳴らして声高に喋りだした。


『てゆーかさ。約束忘れとらん?もっと学校の話してよー。恋ばなあるっしょ?』
(『てゆーかさ。約束忘れてない?もっと学校の話してよー。恋ばなあるっしょ?』)


「……そがん約束した憶え無か」
(「……そんな約束した憶え無い」)


『えー?ならイケメンの写真頂戴』

「やらん」


何でだと話も写真もせびろうとする従妹に呆れ、黙りを決め込む。都会の学校について知りたいって今更理由付けられても……ここ山の中だって。


「……もう良かど。切るよ」
(「……もう良いだろ。切るよ」)


『もーっ。……ま。いーや。なら悠真?彼氏できたら教えにゃんばい』
(『もーっ。……ま。いーや。じゃあ悠真?彼氏できたら教えなきゃダメよ』)


「っ、で、でくんね!」
(「っ、で、できるか!」)


『あはは〜、お休み〜』


プツリと切れたケータイを睨んで頭を掻き混ぜる。ドッと疲れた思いにケータイを放り投げて寝転がった。

五月蝿いけど、まぁ会えるのは楽しみかな。気兼ね無く言い合えるのはそれなりにスッキリするし、従弟とも話したいし。俺が帰るくらいには来るって話だけど、両親の住む家……俺の家でもあるんだけど殆ど住んでなかったから帰ると言うには変な感じがする。妹の方は夏休み直ぐ家に行くらしい。……あいつも今どうしてるんだろう。最近電話してなかったな。あっちも友達と何かあったって言ってたけど……俺から電話してみるべきかな。

ツラツラと今後の計画を考えながら寝返りを打つ。ゴロゴロと転がって考えて。ふと従妹の捨て台詞を思い出して眉を顰めた。


「……そがんと、ある訳なかろが」
(「……そんなの、ある訳無いだろ」)


怒って言ったつもりなのに、やけに覇気が無く情けない声が出た。ついで胸の辺りでグルリと変な感覚。あぁ、何だろ。嫌だなこれ。何でこんなに、キツい気がするんだろう。


「…………」


変な感覚がした辺りをクシャリと握り締めて溜め息を吐く。何だか少し寒い。
夜から雨って言っていたなと窓の方をぼんやり見やって立ち上がる。どうしてこんなに落ち込んだのか。考える事は放棄して風呂に入ろうとタオルを取り出す手を撫でた。



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