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「でも……何かこう、ただ握手だけしてるのもシュールですねこれ」

「まぁ……そうだな」

「あ。貴之さん貴之さん。手はもう一個ありますよ」


悪戯っぽく笑った後輩がこちらの空いた手を指差しほら、と動きを促す。その楽し気な様子につられ、苦笑しながらソファについていた手を上げた。


「調子に乗るな」

「えー?いかんですか?」
(「えー?駄目ですか?」)


額を小突いて前髪を横へ流してやる。後輩は軽い叱りにも嬉しそうに口を緩め、ねだるよう頭を近付けてくる。それに仕方が無いという態度を取りながら髪をすき撫で付けた。

話しながらの奇妙な触れ合い。感触にも体温にも満たされる思いがする。しかしその端から静かに虚無感が足を引っ張ってきた。
昨日の出来事は怖くなかったのか。本当に、何も思わなかったのか。
暗い問い掛けが湧いては沈む。俺自身の気持ちは置いて、彼の望むように振る舞わねばと思うのに頭の中では整理がつかない。

いつの間にか思考に耽っていたのか後輩が心配そうに話し掛けてきた。何でも無いと曖昧に笑い気を取り直そうと握手していた手を持ち上げると、力の抜けていた指の間に自分の指が滑って嵌まりこんだ。予想外の出来事にお互い驚き瞬く。
ややあって我に返り慌てて手を離そうとしたのだが、それより一拍早く後輩が目を細め握り返してきた。緩く力を込めよりしっかりと握られた掌。反射でこちらも甲を指の腹で撫でれば幸せそうに笑まれ、どうしようもなく。
それまで普通に接する事が出来ていたというのに、その表情一つでクラリと我を無くしそうな頭を唇の裏を噛み引き留める。


「あんまり、俺が触ってたのと変わらんくなかですかね」
(「あんまり、俺が触ってたのと変わらなくないですかね」)


「そう、だな」

「んー。結局、程々ってどれくらいなんですか?」

「……そうだな」


陶然とした様子で話す後輩の声よりも繋がれた掌に意識がいってしまう。どうせならと一度離れた後輩がテーブルに落としていた手を取り、両の手で同じ様に繋いでくるものだから尚の事気の逃げ場が無い。指先だけならばと思っていたのがもう遠い過去に感じる。
今にも抱き寄せてしまいそうな自分を抑える為疑問への答えも漫ろになっていると、聞いているのか、何かあったかと不安気な声を掛けられ慌てて顔を上げた。


「うーん。なんさま基準は貴之さんの心持ち次第とだけん、貴之さんが許せる範囲ば教えてください」
(「うーん。兎に角基準は貴之さんの心持ち次第なんですから、貴之さんが許せる範囲を教えてください」)


許す、許さないの問題では無いのだが。その返答は墓穴を掘る羽目になる。何と返すか。
内心の狼狽えを必死に隠し、苦し紛れに言葉を発した。


「お前はどうなんだ?」

「はい?」

「お前だったら、どこまでなら許せる」


苦し紛れの疑問返しに後輩は困った顔で頬を掻く。同じ様に分からないと返してくれば同意して、そのまま手を離し今日はお開きにしてしまおう。


「貴之さんなら、何でも……」


だから余計に程度が分からないんですよ、と溢す声に、無駄に別の墓穴を掘ったと項垂れ歯を食い締める。照れた表情と薄く染まった頬が目に毒だ。

ただの信頼からの言葉だと分かっている。それでも俺が何をしても構わないと言うのか、と淀んだ感情が胸に蟠る。だから昨晩の事も気にもしていないと。あれ以上の、先へ手を伸ばしても良いと?だったら、


「悠真」

「はい」


名を呼べば直ぐに応えが返り澄んだ瞳が向けられる。それを見返して、溜め息を吐いた。
……何を諭せば引いてくれるのだろう。思慮。慎み。恥じらい。これは聞いても望む方向への理解はしない。ならばそのまま言葉でストレートに、拒絶してしまえば。
また何かやってしまったのかと不安そうに話を待つ後輩を見やった。


「……あまり、そういった言い方はするんじゃない」

「えー……?って言われてもどう言えば良かとか……」
(「えー……?って言われてもどう言えば良いのか……」)


傷付けない為に別の傷を付ける。彼を守る、そう理由を付けて遠ざけて……それでどうなる。実際望んだ通りに距離を取られたら、きっと俺は今自分が予想するよりも多大にショックを受けるだろう。自分勝手にも。
拒絶と受容。思いを自覚してから何度この選択に揺らされただろうか。最後には耐える道を選ぶというのに懲りずに堂々巡りを繰り返す。
この後輩は思う通りに動いてくれないがそれ以上に、自分の思考の方が言う事を聞かない。想いが消えないのならば燃え尽きさせれば良いと思っていた。しかし尽きる事などあるのだろうか。


「んー。さしより、抱き付くのは良かとですかね?」
(「んー。取り敢えず、抱き付くのは良いんですかね?」)


「……今は、ちょっと、待ってくれ」


残念そうな表情を浮かべながら聞き分け良く座り直す後輩にほっと力を抜く。一先ずはこれで勘弁してほしいと外れていた手をまた繋ぎ、安心させるよう力を込めた。ただ嬉しそうに微笑む姿には和まされるというのに、時折荒れ狂う程の熱に流され掛けるのはどうにかならないものか。

ままならぬ感情に振り回されながら、触れる温もりに浅ましくも高揚と、罪悪感を覚え苦く笑い返した。



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