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「来たか」
扉を開いたまま固まっていると正面の机に座っていた天蔵先輩がこちらに気付き声を掛けてきた。
「態々こんな所までこさせてすまない」
「いえ」
「とんでもないです!」
おおぅ、小町君の目がキラッキラしている。清崎君が、ミーハー、とボソッと呟くのを聞きながら苦笑していると、天蔵先輩が申し訳なさそうな顔で話を続けた。
「重ねて悪いんだが急用が入ってしまってな。待たせる訳にはいかないから……」
「お。それが今朝言っていた子たち?」
何か書類を片手に頭を掻く先輩の言葉を遮り、細身のこれまた美形なお兄さんがお盆を持ってやって来た。
「はじめまして。僕は絹山(きぬやま)っていうんだ。風紀副委員長をやっています。よろしくね」
「「「よろしくお願いします」」」
テンションの振れ幅は違ったが揃って挨拶をする俺達をニコニコと見ながらテーブルにお茶を置いていく。促され、小町君を挟み三人並んでソファへ座った所で再度天蔵先輩が謝った。
「すまん。そんな訳で俺の代わりにこいつに今日の事を話しておいてくれ」
「委員長に代わって責任持って聞かせてもらうよ」
「じゃあ、頼んだぞ」
そう言って紙を捲りながら出て行く天蔵先輩に頭を下げ見送る。そして正面に掛けた絹山先輩を見ると柔らかく微笑まれた。頬を赤らめ小声でキャーキャー言う小町君を清崎君がこっそり小突く。目を細めた絹山先輩は横からバインダーを取り出し、ペンを片手に声を上げた。
「はい、それじゃあパパッと済ませちゃおうね」
そんな事で状況報告。
先ずは小町君が連れて行かれた経緯を話し出す。話す事になり一瞬小町君の体が強張ったが、先輩の穏やかな口調でゆっくりと促す様子にほっとしたようで少しずつ話し出した。
それでも時折言葉を詰まらせ体を固くするのでゆっくり背中を撫でて落ち着かせながら一緒に話を聞く。清崎君まで泣きそうな顔をしているので俺がしっかりせねば。
俺が目撃した事も補足しながらどうにか終了。現在はのんびりと先輩が入れてくださった紅茶とお菓子を美味しく頂いて雑談をしている。二人も徐々に落ち着いてきたようで良かったと胸を撫で下ろした。
楽し気にお茶を飲む姿を見てほっと一息吐き、自分もお菓子を、と視線を前に戻すと絹山先輩がジイッとこちらを見ていた。何だろうと見返すととニッコリ微笑まれる。……何だ?
「吉里君、囲んでたヤツら追っ払おうとしたって言ってたけど、何か習ってたりするの?」
お茶を優雅に口に運ぶ絹山先輩が首を傾げて聞いてきたので頷いて答える。さっきのは話しかけるタイミングでも図っていたのだろうか。
「剣道を少しだけ。……あまり強くありませんが」
「え?そうなの?すごく強そうだったよ?」
「あれはハッタリですよ。喧嘩は強く見せたもん勝ちって言うじゃないですか」
「そうだけどさ。特待生って言ってたわりには結構ケンカ慣れしてね?」
「喧嘩なんてした事無いです。その場のノリと度胸で頑張りました」
「マジか。むしろすげぇ」
グッと拳を握って言っては見たが所詮こけおどし。実際に倒した清崎君の方が凄い、と言えば照れたように笑われる。
和みつつもちょっと話が脱線してきたなあ、と思っていたら何やら絹山先輩がブツブツ言い始めた。真剣な表情に、何だろうと耳を傾けると。
「……ん?同級生にも敬語?ほほう、敬語キャラか……」
聞こえてきた台詞に、ピシッと体が固まる。そこは、あまり気にしてほしくない所だった。
焦って、話題を変えなければと口を開こうとしたのだが。体を強張らせたのを見咎められたらしい。横からクリクリと大きな目がジッとこちらを覗き込んできた。
「……そういやずっと敬語だねぇ」
「同い年なんだからタメ口でいーんだぜ?」
「あ、は、はい」
「はい、じゃなくてうん!」
あぁぁ、二人とも食い付いてきちゃったよ!小町君はやたらタメ語押しだし、清崎君はそれに困る俺をニヤニヤしながら見てるし。なんか楽しそうだね二人共!勘弁して!
どう回避しようか必死に考えていると、前からゆったりとした声が掛けられた。
「まあまあ。彼はそういうキャラなんだから無理やり直そうとしちゃダメだよ」
「い、いえっ、別にキャラを作っている訳では……っ」
のほほんと変な事を言ってくる絹山先輩の言葉を慌てて否定する。高校デビューとかそんなんじゃな……い、よね、これ。うん。違う。
「じゃあ地で敬語なのか?」
「いえ、そういう訳でもないんですけど……」
「え〜?ならい〜じゃ〜ん」
「……葵、無理強いすんな」
「う〜……」
小町君がしょんぼりしながら座り直す。その姿に罪悪感がチクチクと胸を刺してきてこっちが泣きそうになる。しかしどうしても、少なくとも今はまだそれは無理なのだ。
「……まだこの学園自体に慣れていなくて緊張していまして……。これから少しずつ直していきますから……」
もう許してほしいと弱り果てて言う。情けない声になったがしょうがない。ね?と首を傾げてお願いすれば小町君も渋々ながらそれで納得してくれた。
「むー……。じゃあ、ちょっとずつなれていこうね!」
「は、はい」
何やら俺よりもやる気だ。
そうなる前に色々やっておきたい事があるのだが、敬語で話さなくて良いようになるのは自分としても望んでいる事なので早くそうなるよう頑張ろう。
「ねえねえ、下のなまえで呼ぶのはだいじょーぶ?ぼくも呼びたいんだけど」
「あ、オレもオレもー」
「は、はい。それでしたら大丈夫です」
やったー、と二人して喜ばれてしまいこんな事ですら喜んでくれるのに拒否してしまったとはとちょっと申し訳無くなる。でもそれだけ仲良くしたいと思ってくれているのだという事で、素直に嬉しく思った。
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