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「あ。お帰りなさい、……先輩」

「……あぁ、ただいま」


カチャリと鳴った音に顔を上げれば先輩がぎこちなく笑った。それへ俺も似たような感じで返す。

久し振りに飯作りましたよ。
ありがとう、無理していないか。
大丈夫です。

ソファ横に鞄を置いた先輩とそんな何気無い会話を続ける。けど。先輩の視線は微妙に俺からずれていて。そして俺も先輩の顔を見られないでいて。これは昨日も、と言うか一昨日からと言うか。こんな感じでちょっとだけ俺たちのやり取りがギクシャクしている。理由は……うん、分かっている。


「あ、先輩これ、」

「あぁ、っ」


醤油を渡そうとして、触れ掛けた手がパッと離れた。お互い何も言わずに一瞬固まり、しかしまた何もないようにぎこちなく話し食事を続ける。

ちょっとした何でもない筈のやり取り。少しだけ近い距離。そんな今まで気にした事がないものが、やたらと気恥ずかしい。
そんな恐らくお互いに持っている羞恥心の原因は。一昨日の俺の告白紛いな言葉と妙に近すぎた距離のせいだ。たぶん。取り敢えず俺はそうだ。

あの台詞に引かれたり変に思われたりはしていなかった。あの距離の近さは俺がただちょっと変な事連想しただけだ。実際先輩がどう思っているか分からないし、どうして反応が固いかも分からないけど。でも、悪いようには取られていない……筈。
願望だろうがそう自分に何度も言い聞かせる。けれど上手くいかず先輩の様子が気になって。更に先輩と一緒にいるだけで一昨日の事を思い出し恥ずかしくなって。それで妙に意識して、上手く対応ができないでいる。けれどこのままという訳にもいかないし、先輩の態度もこれはちょっと……寂しい。だからってどうすれば良いのか分からないのだけど。仲直りできた高いテンションで取った行動がまさかこんな気不味い事態を引き起こすなんて。


一昨日の自分を呪いつつぐるぐる考える。その間に手を合わせた先輩が空になった皿を重ねて持ち席を立った。それに慌てて俺も立ち上がる。言動の引き金となった一連の流れが頭を駆け巡る中、その背を追いながら口を開いた。


「先輩っ、洗うとは俺がやるけん良かですよ」
(「先輩っ、洗うのは俺がやるので良いですよ」)

「いや、これくらいはやるよ」


ポロっと口から出た言葉へ何の違和感も無く先輩が返事をする。やり取りが本当に普通過ぎて一瞬何も気付かなかった。けれどそのあまりの違和感の無さに、気付いてしまえば足が止まった。パチパチと瞬きをして会話を飲み込む。そして。


「へ、」

「……ん?」

「へへ……へへっ。えへ、ふ、あは」

「……急にどうした」

「いえ、何か、訛っとったとに普通に返してもらえたとが、凄く嬉しくて、ふ、ふふ」
(「いえ、何か、訛ってたのに普通に返してもらえたのが、凄く嬉しくて、ふ、ふふ」)


口を引き結んで閉じようとしても変な笑い声が漏れる。嬉しい、嬉しい。勝手に上がって痛みすら出てきた頬を押さえてまた笑う。
言わなきゃ良かったと一昨日からずっと思っていたけれど。やっぱり好きだなぁ。凄く。自分の為だけにこんな自然に会話ができるようにしてくれた先輩。そりゃ好きになるよ、と言い訳してあの変な告白を正当化する。
こんなヘラヘラと笑っていては今度こそ可笑しいと引かれるかもしれない。でも暖かい気持ちに止められない。すると数歩前にいた先輩が近寄ってきた。


「そこまで喜んでもらえたのなら勉強した甲斐があったな」


ふわりと頭に手を乗せてきた先輩が優しく微笑む。その表情はいつも見るものと同じで。あぁ、ちゃんと普通に顔を合わせられた。先輩も笑っている。良かった。
そう安心した。のだけど。その表情に胸がギュウッと掴まれるような痛みを感じて。何が何だか分からないまま顔が熱くなる。何だこれ。意味が分からない。けれどそんな事より一日振りな接触がまた嬉しくて。乗せられた掌へ指を添え、ヘラッと顔を緩めて擦り寄った。


「っ、」

「ども〜おっ邪魔ー……あ?」

「あ、」


飛び込んできた声にサッと手が離れていく。それを名残惜しく思いながら声の方へ顔を向けると、隊長さんがドアノブに手を掛けこちらを見た体勢のまま硬直していた。


「……本当に邪魔したっつーかなんつーか……ゴメン?」


頬を掻いた隊長さんが謝りドアの横に立ち尽くす。邪魔、という言葉に先輩が足を引き俺から離れた。開いた距離が寒々しい。
視線を隊長さんへ向けてしまった先輩をぼーっと眺めていると、うんうん唸った隊長さんが諦めたように首を振った。


「うん。まぁ、もうやっちゃったからには仕方ないよね。ゴメンね〜。邪魔して」

「え、と。いえ、本当に何でも……」

「ていうか?その反応の感じだととうとう?ついに?やっと?長かったね〜。おめでと〜!」


万歳、と両手を上げた隊長さんが嬉しそうに笑う。その姿をポカンと見詰め、目出度いと手を叩き始めた隊長さんに首を傾げた。


「あの、何がですか?」

「何って。なったんでしょ?こいび、ふぉっ!?」


変な声を上げた隊長さんが後ろへ引っ張られて仰け反る。何事かと視線を上へ向ければ先輩が隊長さんの襟首を掴んで部屋の隅へと移動していった。ポカンと見ていると先輩がボソボソと隊長さんへ何かを言う。暫くすると、はあ!?と隊長さんが大きな声を上げ先輩を睨み付けた。



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