開いたもの閉じたもの
「悠真はむずかしく考えすぎだと思うぞ」
「そうそう。ふつーにしてればふつーだって」
「う、うん……」
新緑が萌え、薫風そよぐ青空晴れ渡った清々しい朝。延期されたスポーツ大会が行われるという事で教室も廊下も人が行き交い騒がしい。わいわいと賑わうその中を三人で進む。
全校の生徒がごった返すグラウンド。目的地が近付く毎に、不安に高なる胸。二人との会話も漫ろになりながら、とうとうその場所に着いてしまった。
「お、来た来た〜」
「そろそろ整列だぞ」
一年の列からこちらに向かって投げ掛けられる声。藤澤君が先頭に立ち、何人か並んでいるその列は俺達のクラスのなんだろう。声を掛けてきたのは確か葵君と同じ親衛隊の人だったか。
葵君の背中の服を摘まんだまま歩み寄る。俺を見て訝しげに首を傾げる人達の反応に緊張しながら前に立つと、葵君がニコニコしながら口を開いた。
「今日はゆーまも参加できるって!」
嬉しそうに言う葵君の後、一緒のメンバーコイツらな、と怜司君が指で示した人達の顔を見る。マジ?と驚く人。風紀はいいの?と訊ねる人。握る手に力を込めてコクコクと頷く。が、これじゃ駄目だと息を吸い込み顎を引く。そしてどうにか口を開いた。
「え、と。よ、よろしく、ね」
眉が下がったが笑顔を作り、震えそうになる喉に力を入れて首を傾げる。目を見開いたりパチパチと瞬くクラスメイト。鈍い反応に身を固くしていると、正面にいた人がへぇ、と呟いた。
「何だ。普通に喋れんじゃん」
「敬語しか喋れないのかと思った」
ケロッとした調子で言われた台詞に下がり掛けた顔を上げる。ポカンとしていると斜め前に立っていた人がフハッと息を吹き出した。
「そんな緊張すんなよ〜」
「ははっ、変なの。一緒頑張ろーな」
「つっても病み上がりか。小町がうるさいからガンバんのは程々にな〜」
「それそれー」
なにそれ!と憤慨する葵君をからかうクラスメイト。それを横目に他の人がポジションや交代について説明してくれる。戸惑いながら横を見れば、な?と微笑む怜司君。頷いてほっと息を吐きクラスメイトへ向き直る。話す俺達に他の人も話に加わってきて賑やかになる。そうして、整列の掛け声が聞こえるまで弾む話しに今度は自然に笑顔が零れた。
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「こんなトコにマジであんの?」
「部活とかで利用する人結構いるみたいだよ」
「へー」
「あぁ、成る程。あの辺りなら文化部の棟も近いな」
そろそろお昼の時間。午前出る分は終わってしまい他チームの応援をしていた時、怜司君が空のペットボトルを振って困り顔をしていたので近くに自販機が有ると教えた。飲み物や濡れタオル等は運営が準備しているのだけど一番端のここから行くのは少し面倒。それよりは、と近くの建物の方を示しながら言えば葵君と藤澤君も興味を持ち、それで連れ立って歩く。
高くなった太陽に、お昼はどこで食べようか、と喋りながら曲がった角の直ぐ先。目的の自販機の前に人がいた。他にも来ている人がいたかと特に気にせず歩いていくと不意に一人が振り向いた。
「あれ?吉ざ、」
「よ、吉里!?」
「あ」
声に顔をよく見ればその人物は山本君と皆瀬君、そして幾島君で。ゼッケンを付けている姿にちゃんと大会参加できているんだな、という安心と警護の風紀はいないのか?という疑問。そして……。
考えている途中、葵君が背中にギュッとしがみついてきて、ギクリと体が強張った。どう、しよう……。あんなに嫌っていた皆瀬君と葵君を会わせてしまったというのも困り事。だけど、昨日頭の中だけでとは言えだいぶ皆瀬君の事軽んじているみたいな事考えていたというのも何か、困る。凄く、気まずい。
そんな微妙な空気に気付いたのか前の三人から戸惑った雰囲気を感じる。取り敢えず何かフォローをしなければ。……ど、どっちに?
アワアワしながら前と後ろを交互に見て言葉を探す。焦る程何も出てこない。ちょっと泣きが入り掛けた時。横で怜司君がポンッと手を鳴らした。
「あ、噂の転入生?」
「へっ」
「ん?違う?この前見たの遠目でよくわかんなかったからさ。あ、合ってる?へー、そっか。オレ、悠真の友達で清崎怜司っつーの。よろしくな〜」
ヒラヒラと手を振りながら言う怜司君の突然な言動に皆が固まる。悩みで頭がいっぱいだった分、言葉を飲み込むのに時間が掛かっていると後ろから鋭い声が飛んだ。
「っ怜司!」
「え?なに?」
「空気を読め、というやつだな」
「えっ」
左右から責められ怜司君がキョロキョロと二人を見る。怒った様子の葵君と呆れた様子の藤澤君。そんな二人の空気に一瞬たじろいだが、怜司君はキッと表情を引き締め口を開いた。
「空気は吸ったり吐いたりするもんだ!」
「知ってる」
「なに当たり前なことゆってんの」
藤澤君に続いて葵君の冷たい突っ込みが怜司君に突き刺さる。ただボケただけなのに、とガックリ肩を落とした背中にそっと手を添えると小さくありがとう、と聞こえた。いや、うん。何でいきなりボケたのかは分からないけど、ドンマイ。
そんななぁなぁな慰めでも力になれたらしい。もう一度目に力を込めた怜司君はグッと体を起こして声を張り上げた。
「っ冗談は置いといて!オレは空気読んだつもりだぞ!このままグダグダしたって仕方ないじゃんかーっ!」
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