4

「お帰りなさいっ」

「ただいま。……良かったな」


帰ってきた先輩に飛び付くよう駆け寄って声を掛ければ目を細めて頭を撫でられた。気になるから結果だけでもメールするよう言われて送り、待ちに待って夕方。やっと直接良い報告を伝えられる。

靴を脱ぐ時間ももどかしく、落ち着きなく先輩の周りを動きながらリビングへ進む。そしてやっとついたソファに並んで座ると、目の下を指でなぞられた。ほんのり赤く腫れているそこは、少しだけ熱い。苦笑しながら労るよう動くそれの擽ったさに笑うと額へと掌が滑らされた。


「だいぶ興奮してるな。気持ちは分かるが昨日から悩んでるのもあるし、また熱が上がったりしてないか?」

「……知恵熱とかの年じゃないです」


ジトリと睨めば先輩はクスリと笑った。でもまぁテンションが高過ぎるのは確かなので何度か深呼吸。そうして落ち着いたところで、ゆったりと背凭れに体重を乗せた先輩へ仲直りの顛末を話した。
緊張で用意した台詞は殆ど無駄になった事。それでも本音を出しきった事。そしてちゃんと話を聞いてもらえた事。受け入れもらえた事。
仕事で疲れているだろうから手短に、と思うのに優しい声の相槌に促されどんどん話してしまう。最後に皆から茶化された事を口を尖らせながら付け加えると、先輩はふむ、と呟いた。


「それで、友人とは結局標準語で話すのか?」

「あー……はい。皆は方言でも良いと言ってくれましたけど、今更言うのはちょっと恥ずかしいですから……」


今まで敬語だったのをタメ口にするだけでも正直照れがある。後やっぱり、何それ?と聞き返されるのはたぶん寂しいだろうなと思ったり。
折角練習したのもあるからと言い訳を付け眉を下げて答える。すると先輩は何か考えるよう上を見た後、ゆっくり俺へ向けて口を開いた。


「そんなら、何回か聞いた事のある俺となら方言でんよかだろ」
(「それなら、何回か聞いた事のある俺となら方言でも良いだろ」)

「……へ?」

「話すとなると難しいな。合ってたか?」

「え、え?今っ、何で……っ?」


先輩の口から聞き慣れた、でも先輩が言うには不思議な口調が飛び出し目を見開く。驚き戸惑う俺を見て笑った先輩はポンと頭に手を乗せてきた。


「お前の友人と同じで方言を、と言うよりもっと素で話してほしくてな。ちょっと勉強した。話すのはやはり無理があるようだが聞く分には問題無いと思うぞ」


ポカンとする俺を見下ろし先輩は悪戯っぽく口の端を上げた。


「仲直りのお祝い、とするには俺の私情の方が強いが。これからはもっと気を抜いてお前らしく話してくれるか?」


言われた言葉がジワリと胸に染みて、熱くなる。勉強した?方言を?特に役に立つ訳でもないのに。俺の為に?
ブワッと鳥肌が立つくらいの喜びに息が詰まる。そして衝動のまま先輩へ思いっきり抱き付いて叫んだ。


「先輩大好き……!」


気持ちがいっぱいいっぱいで、溢れた分を言葉にする。うん。好きだ。本当に、大好き。
崩れそうになったのを支えてくれたのだとか、弱気になったのを元気付けたのだとか。今までしてもらってきた事を思い出して更にその思いが強まる。あぁ、俺。先輩の事、考えていたより凄く好きで、そしてまたもっと好きになった気がする。
葵君達の時のあったものを吐き出したのとは違う。どんどん沸き上がる思いのまま腕に力を込め、当たる肩に額を擦り付け息が詰まる程の喜びを表した。

上がったテンションに暫くそうしていたのだけど、段々満足して落ち着いてきたところでふと気付く。先輩からの反応が無い、と言うか何か動かないんだけどどうしたんだろう。
腕は背中に回したまま顔を肩から外し見上げる、と。先輩は顔を真っ赤にして固まっていた。


「…………っ」

「……あ」


だいぶ恥ずかしい事を言ったと気付きこちらも一気に顔が熱くなる。何葵君達と同じノリでやらかしちゃっているんだ俺。のんびり屋な皆と違い真面目な先輩に何て事を……と考えた所でハッとし、慌てて先輩にすがりついた。


「……あ、あの!好きって別に変な意味じゃないですよ!普通に、そのっ、普通に……!」

「分かってる、分かってるから」


勢いで寄せた顔に軽く添えられた手が宥めるよう額を叩く。あぁもう嫌だ恥ずかしい。
熱くなった顔を両手で覆って俯く。怜司君の告白みたい、という言葉が頭に浮かんで自己嫌悪。みたいって言うか、モロにそんな物言いで。違います。好意は好意でもそうじゃないです。
雰囲気でそうじゃないと分かってもらえたようだがちょっとでも気持ち悪いとか思われずに済んで良かった。けど、これは無い。
穴があったら入りたい、と唸っていると名前を呼ばれて。恐る恐る手をずらす。指の隙間から見えた先輩は未だ少し赤い顔のまま頭を掻いた。


「……あー。……あの、な」

「……?」

「……ありがとう」


柔くギュウッと抱き締められ、小さく耳元で囁かれた。優しく暖かな拘束と掠れた声色にまた顔が熱くなる。でも胸に沸いたのは幸せだなぁ、なんて喜びで。緩みきった顔で先輩を見上げた。……ら。


あ、近い。


抱き締められた状態で見上げて、相手もこちらを見下ろしているのだからそれは距離も近くなるだろう。先輩も驚いたように目を少し大きく開いている。その中に収まる真っ黒に透き通った瞳が、ゆらりと揺らいだ。あれ?と思いながら見詰めてふと気付く。何か、顔が近付いてきているような……。


「先輩?」

「…………」


鼻先が触れ合いそうな程近付いたところで首を傾げて先輩を呼ぶ。そのままの距離で先輩が固まったのは数秒。そして跳ねるよう素早く顔が離された。瞬いて見ている内に先輩は口を押さえ俯いてしまう。訳が分からないまま、しかし心配になって手を伸ばす。


「あの、」

「悪い、何でも、無い」


伸ばした手は宙を掻きその場に浮く。そっと身を引かれ触れ損ねた手はやり場無く空しい。そうして暫くしてから先輩は着替えてくる、と言って立ち上がった。
離れた距離にスッと風が舞う。今日は少し暑いくらいなのに、それが涼しく感じるくらいお互いの体が熱かったのだと自覚して。それから今のは何だったんだ?とじわじわ混乱し始める。今、何が。


「……これ」

「へぇっ!?」


寝室へ向かった筈の先輩が急に戻ってきて何かを差し出された。ポイッと投げ渡されたのは体温計。それを見てひょっとして熱を測ろうとしていたのかと思い当たる。額と額を合わせる感じで。そして途中でそれはないと我に返った感じか。……今あのタイミングでやる?……いや、あんな馬鹿な事いきなり言うから熱あると思って心配したんだろう。うん。じゃなきゃねぇ。うん。
扉の向こうへ消えた先輩を眺めながらあーあー、と無理矢理納得した声を出してそれのボタンを押す。いやー、ビックリした。顔近いんだもんな。今までも近い事はあったけど今日はそれより近かった。何かまるでキ……。


「だけんんな訳無かて!」
(「だからんな訳無いって!」)


叫んでパンッと両頬を挟むよう叩く。またドキドキと脈拍が上がってきたのは、何でも、ない。ないから。何も。違うから。な。何が違うって、……知らないよ。


グルグルし始めた頭を治めようと必死に別の事を考える。
今日はもう、飯食ったら自室へ帰るのだ。もらった課題やるのに教科書とか必要だし、明日休みの一日で空けていた間溜まっただろう埃とか掃除しなきゃだし。冷蔵庫の中身とかマジ怖い。元の生活リズムに体を戻さなきゃいけない。
あれやらこれやらやらねばと、今後のスケジュールを立てて頭を切り替えようとする。なのに近くで見た先輩の顔がポンッと浮かんできて。


「……うぅぅ〜っ?」


体温計のエラー音が部屋に響く。それを気にする余裕の無いまま。また熱くなる顔を持て余し、ソファの上で口を押さえて踞った。



[ 142/180 ]

[] []
[しおり]




あんたがたどこさ
一章 二章 三章 番外 番外2
top




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -