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「あれっ!?なんか告白みたいになってない!?え!?」
怜司君のすっとんきょうな声にハッとなって顔を上げる。葵君一人に一生懸命になり過ぎて怜司君達の事すっかり忘れていた。
「っ、……あ、さぁ゙……っう。……怜司、君も、大好きだよ。いつもありがとう」
「ぼく、もぉ〜……ありがと〜」
「え!?あ、うん、ありがとな!……うんー?」
「俺はっ?」
「勿論」
「すきぃー」
「よし!」
「や、よくないよね?違うよね!?……え、イイのか?」
しゃがれた言葉に葵君も同意して返事をしてくれる。葵君だけじゃなくて、仲直りできるよう支えたり考えたりしてくれてきた二人も勿論大事だし、大好きだ。でもこんな言葉、普通の状態で言うのはかなりハードルが高いと思う。だから今のテンションでいられる内に吐き出しちゃえ、と思いきって言ってみたのだけど。……変だっただろうか。
俺達の方は気分が盛り上がりまくっていてたぶんハイになっているんだと思う。だから言った事に満足しているけど。でも端から見るとちょっと言動が可笑しくなっているのかもしれない。
歪む視界の中満足げな藤澤君と途方に暮れた怜司君が揺れる。いい加減落ち着こう。変なら訂正して、ちゃんと感謝とか気持ちとかを伝え直さなければ。何が違うんだろうか。
と、未だグラグラする頭で考えようとすると、終わり良ければ全て良し、という藤澤君の台詞にそっか、と言う怜司君の声が聞こえてきた。あれ?じゃあ良いの?
視界同様ぼんやりとした思考の波に揉まれつつ二人のやり取りを眺める。考えても今の頭じゃろくな思考はできなさそうだし、別に何か不都合がある感じでも無さそうだし、良いか。なんて結論付けていると、袖を引かれて腕の中を見下ろした。
「……あのね。ぼく、別にゆーまが訛っててもキライにとかなんないし。ヘイキだし。それよりいっぱいお話するほうが嬉しい、よ?」
「……うん」
「てんにゅーせい、は……」
「…………」
「……もう、ちょっと……、う、ちゃんと、話、……聞、くっ、からっ。……聞かせて、ね」
薄く水の張った目で口を尖らせながらも強い口調で言った葵君にお礼を返して抱き締める。あぁ、良かった。話せた。話せる。
話を聞いてもらえて、受け入れてもらえたのだとじんわり実感する。良かった嬉しい。
静かに喜びを感じつつ、腕を解いて葵君を離すと、やれやれと肩を鳴らした怜司君が声を掛けてきた。
「これで話したいことは全部話せた感じか〜?」
「…………」
言われた台詞に、ギクリと固まる。話そうと思っていた事は全部言えたのか。何か、残っていたような……。
「……まだ何かないしょにしてることあるの?」
「え、と……」
「それ、ぼくがまた怒りそうなこと?」
「…………」
口を噤んで小さく唸り、頷く。
言うか言わないか悩みに悩み。念の為言っても良いか相手に確認した結果、お前の判断に任せるとか言われて余計に責任的なものに胃が痛くなるのを感じた秘密。生徒会長である先輩との事。結局保留にしたまま時間がきてしまって、勢いで忘れて言わなかったのだけど。反応してしまったからには話すべきか。……いやぁ、でも……。
「それって、あぶないこと?」
「危ない事じゃ、ないよ」
質問へ緩く首を振って答えると葵君は俯いてうーん、と唸りだした。……言うべき、だよな。秘密にしてばれた後今回みたいに……下手するとそれ以上に嫌な思いさせるなんて事はしたくないし、俺もキツいし。葵君達ならこの話を他の人に言い触らしたりだとかしないし。……ただ、本当に、どんな反応されるのか分かんない事だけが怖いけれど。葵君先輩の親衛隊だもんな。秘密にしていたとか以前にこう、何ていうか……駄目かな。
いやマジどうしよう。折角仲直りして良い雰囲気になっているのにぶち壊すよねこれ。どうせ秘密にするくらいだったら墓に持っていくくらい悟られないようすべきだった。うっかり反応した自分を呪う。
あー、とかうー、とか意味の無い言葉で気まずい間を繋ごうとしていると、クイッとシャツの裾を引っ張られた。
「じゃあそれ、話すのちょっとまって」
「え?」
葵君からの待てにポカンと瞬いて見下ろす。パチリと開かれた目は赤く染まっているが最初ここに来た時と違い、真っ直ぐに俺を見詰めてきた。
「聞いても、今回みたいにすぐ取り乱したりしないくらい、しっかりさんになったら、聞かせて」
え?と呟いた俺の前でグッと両掌を握り締めた葵君は片手を上に突き上げ大きく叫んだ。
「しっかりした、おとななかっこいー男になるから!」
「おー」
「そっかー」
気合いを入れる葵君へ頑張れ、と藤澤君が言い、呆れた顔をした怜司君が手を叩いた。寧ろ子供っぽい所作に暢気な雰囲気になる。けれど。葵君の瞳も纏う空気がスッキリと澄んで見えて、何だか眩しく思った。
一頻り話終えベンチに座り、未だにグスグスと鳴る鼻を藤澤君がくれたティッシュで噛む。時間が経って冷静になってみると、やはりさっきの流れはちょっと変と言うかかなり恥ずかしいものだったと漸く自覚できた。でもまぁ、仲直りできたんだからそれで良いじゃないかと開き直る。
鼻が赤いと笑う葵君の目から潤みが消えた頃、トイレへ行っていた怜司君が冷えた缶を差し出してきた。
「おつかれ。よかったな〜、仲直り」
「あ。は、……いじゃなくて、うん。本当に、怜司君にもいっぱい助けてもらって。ありがとう」
「いやいや。オレなんもしてないしー」
ケロリと何でもない様子で返されるが、メールの内容からも藤澤君の話からも俺と葵君を凄く心配して何とかしようと悩んでくれていた事は分かっている。
もう一度お礼を言えば照れたように視線をさ迷わせられた。それを気にせずニコニコと見ていると、照れから焦れ、そして何か思い付いたような顔に変わり、急に笑顔で話し掛けてきた。
「つかマジお前のタメ口ってスゲェ新鮮だな。もっと話そうぜ。あ。ところで地方ってどこ?」
「そうだな。話せ。寧ろその方言を聞いてみたいな」
「てゆーかほんとなまってもいーよ?」
「え、あ、うっ。えー……?」
話せ話せとせっつく三人に後退るけれどベンチに座っている以上遠くへ逃げる事はできず。囲まれ迫られ覗き込まれ。アワアワと狼狽えていると、プッと吹き出す音がした。途端三人とも笑い出して、からかわれていたんだと気付きむくれる。謝りながら未だ笑う三人に拗ねつつ開けた缶に口を付けた。
その後は俺の故郷の事だとか、クラスの事とか、取り留めもなく雑談をする。その内日が高くなり暑くなってきたのでもう帰るかと立ち上がった。夏は別の所で食べなきゃなぁ、と話しながら怜司君と藤澤君が先へ進むのを追おうとすると、袖を引っ張られて振り返る。
「ね。これからもっと色んなこと話そうね」
「うん」
「ゆーまが話したいこと。ちゃんと、嫌がらないでお話、聞くから。ゆーまも、ぼくの反応とか気にして引っ込めたりしないで、お話ししてね?」
「……ん。っ、うん!」
返事にニコッと嬉しそうに笑った葵君の表情にやっと気が緩む。繋いだ手を大きく振って、晴れた空の下を軽い足取りで歩いた。
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