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下げた手の側にあるシャツを掴んで鼻で深く息を吸う。呼吸が変になりそうでいけない。耳の奥でドクドクと血が巡る音を聞きながら真っ直ぐ葵君を見詰めて、食い縛っていた口を開いた。


「まず、先、にっ。皆瀬君……転入生について、だけど」

「…………」


グッと眉を寄せた葵君を見ながら一度口を閉じて唇を湿らす。聞きたくないんだろうな、と思う。けど最初にこれだけは話しておかなければ。そう決意して目に力を込めた。


「初めは本当に偶然会って。その後も偶々何回か顔会わせる事あって。それで話してみたら噂と違って良い人っぽいし、逆に被害者っぽいって言うか……で、調べる担当になっちゃっ、て。えと、それ、で。う、一応友達になりはしたんで、っだ、けどっ。良い人だから大丈夫だとか、そんな問題じゃなくて、」


昨日から必死にどう話をするか考えてきたのにいざ本人を前に話そうとすると上手く言葉が出てこない。泣きそうに歪む顔を前に、必死に考え重ねた言葉を思い出そうとする。


「葵君があんまり皆瀬君の事良い風に思ってないって知ってるから、そういうの話さないでおこうとか、思って言わなかったんです、っじゃなくて!だけ、どっ。それってもっと、余計駄目だったんだって……気付いて」


仕事の守秘義務とか理由を付けていたりもしたけれど、口を閉ざした理由の一番は。言って、嫌がらて、嫌われるのが怖かったからだ。でもそうやって伝える事を止めてしまったからこんなに拗れてしまった。


「俺がっ、変に逃げずにちゃんと葵君と話そうとしてれば!心配させなかったし、怒らせる事も無かったと思う……。ごめん、ね」

「…………っ」


ブンブンと言葉無く首を振るのを見て眉を下げる。顔は下を向いていてこちらから表情は窺えない。泣いているだろうか、怒っているだろうか。それでも、俺の想いが伝わっていてほしい。
はあ、と息を吐いて乱れまくった呼吸を落ち着ける。少し顔を上げた葵君が何か話そうとするのを制して服を掴む手に力を込めた。


「心配してくれてるのに、無茶したり、風紀に行ってばっかりだったのは。葵君の言ってる事無視してるとかじゃなくて。皆瀬君の事解決したら、学校の……何か、苛々とかモヤモヤとか、早く無くなるよねっていうか、」

「…………」

「全部終わったらもっと仕事減って、葵君達とももっといっぱい遊べるよねって、焦ったりしてた、から、で」

「…………、」

「いえ、や、の。そうじゃなくて。葵君のせいとかじゃなくてっ。人手が足りなくて休む暇無かったってのが一番で!折角入った風紀の役に立ちたかったしっ。これくらいできるって思って何か意地張っちゃってただけで……昨日、それでまた怒られたんだけど、反省、したし。これからはもっと自分のできる範囲を大きく見過ぎないように、気を付けるから」


葵君が自分のせいだったのかというよう顔を歪めるのを見て慌てて訂正する。これは本当に自己責任だからと言い含めればゆっくり頷かれた。ほっと息を吐き手汗をシャツで拭う。拭っても、未だ湿り気のある手をまた握り締めた。


「後っ。それで……。後、はっ。う、このっ、喋り方というか、敬語使ってたのは、えと、距離取りたいとかじゃ、なくて。秘密にしてたい事が、あったからで……」

「…………」

「……っ、の。俺、」


ジッとこちらをみる不安そうな瞳から視線を反らしたくなる。それを耐え、ジリッと靴底が砂利を鳴らす音を聞きながら早口で捲し立てた。


「俺、ちっ地方出身でっ!かなり……訛ってる、んだ、よね……」

「……え?」


思わず、といったように零れた呟きにちょっと怯む。その怯えが伝わらぬように急いで話を続けた。


「それが恥ずかしいのあって、敬語だったんだけど。でも、練習して結構普通にしてても出ないよう喋れるようなってきたから!これからは、敬語、使わないように、する」

「…………」

「だから、距離があるなんて、思わないで、ほしい、よ」


段々とスピードダウンして、語尾が震える。目の前にはキョトンとした顔。心臓の音は未だ大きく、気持ちが急かされる。俺、ちゃんと話せているよね。分かってもらえて、いるのかな。分からない。あぁ昨日凄く一生懸命考えたのに意味無いな。後他に何を話したかったんだっけ。


「こっこんな感じでっ!秘密にしてたりとか!黙ってたりとか!隠したりとかっ!色々してた、……けど!葵君がどうでも良いなんて事は全然ないし!寧ろどうでもあるって言うか!……?」


ヤバい。本格的に自分が何言っているか分かんなくなってきた。
戦慄く唇が勝手に動いて言葉を吐き出す。昨日用意した台詞はもう思い出せない。正面でジッと言葉を待つ葵君を見ていると、そんなものを思い出すより話さなければという気持ちが膨らんでいく。半ばパニックになりながら、でも必死に考えて。今の自分の想いを吐き出した。


「と、兎に角、俺は……っ。葵君の事、大事な友達だと、思ってて……!き、嫌われたくない、し、友達でいてほしいで、っ、」


一気に言い掛けた言葉が詰まり、落ち着こうと息を吸い込むとヒクッ、と喉が鳴る。グルグルと視界すら回るような混乱に自分すら見失いそうになるのを必死に踏み留める。言いたい事。本音。どうしたいのか。何を伝えたいのか。兎に角、兎に角俺は……。


「葵君が、だ、大好きっ、だから!」


だから嫌いになら無いで。仲直りしたい。と、切れ切れに言って、息を吐き出した。考えていた台詞とは違うけれど、言ってみるとこの言葉に集約される、ような気がする。
目も口も閉じて黙るとシン、と静まった空間に小鳥の長閑な囀りが響く。その時間はどのくらいか。反応が無い事に怖くなる。失敗した?とそろそろ瞼を開けると、胸にドン、と何かがぶつかった。


「っ……ぼくもすきぃぃ……」

「…………っ」


泣きながら抱き付かれ、目が熱くなる。ごめんね、とありがとう、を涙混じりに繰り返す葵君の声に首を振ったり頷いたり。目を閉じて葵君を抱き締め返すとツンとした鼻の痛みに漏れる息が湿っぽくなった。



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