気持ちの交歓

先輩の部屋で寝込むはめになった初日に着ていた服へ袖を通す。ちゃんとサイズの合った服を着るのは久し振りな気がして不思議な気分がした。緊張から深呼吸を何度も繰り返し靴を引っ掛ける。そして、元気付けるよう優しい顔で背中を叩いた先輩に見送られ外へと足を踏み出した。


昨晩降った雨の雫が草花を光らせる道。小鳥の囀りや風が木々を揺らす音が耳を擽るがこの時間普段ある筈の騒がしさはない。風紀の当番で何度も来た事はあるけれど、休日の静かな学校というのは何だか不思議で特別な気配をいつも感じる。遠くで部活に精を出す人達の声を聞きながら早足で道を歩き進んだ。


「お。来たな」

「おはようございます」

「うん。おはよう」


ニッコリと笑って手を上げた藤澤君に会釈して駆け寄る。走らない、と窘められ苦笑しつつ立ち上がった彼の前へ辿り着いてから、深々と頭を下げた。


「ありがとう、ございます。今日は、と言うよりこないだからずっと色々とご迷惑をお掛けして……」

「いやいや、気にするな。それより体はもう大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」


そうかと目元を緩めた藤澤君が頷くのを見てクシャリと笑い返した。
昨日。ケータイを握ったまま唸っていた時に届いた藤澤君からのメール。授業の連絡事項を連絡してくれたそれに乗っかりメールのお礼と外出できるようになった事を伝えて。途中着た怜司君からのメールへ同じ様に返した後、葵君にも、メールを送って。そのメールに色々書きたくなるのを耐え話は直接会ってしよう、と約束を取り付けて。でも不安だから怜司君達にも来てもらえたら、とメールして。それで今日。いつも昼食を食べるベンチの前に集合となった。
一番に来るつもりだったんだけどな、と思いながらも久し振りに見る顔にほっとする。ちょっとだけ力を抜いて笑うと、藤澤君は微笑みながらベンチへ置かれていた物を指差した。


「じゃあこれ」

「?何ですか?」

「休んでいた間のプリントとノートと課題」

「うっえ゙……」


見た先にあった手提げ袋。膨らみと言うより厚みな感じが凄い。カッチリ四角い形になってベンチの上で自立しているんだけどこれ。これをやれと。
顔を引き攣らせていると藤澤君はクスクスと笑いながら頑張れと言う。痛む頭を抱え、促されるまま並んでベンチに座った。
授業やホームルームについて話してくれるのを相槌を打ちながら聞く。葵君の様子だとか、怜司君の戸惑い様だとか。合間に挟まれる情報へ集中し苦しくなっていると、腕時計を確認した藤澤君が不意にポツリと呟いた。


「そろそろ来るか」

「…………」


その言葉に少し肩が強張る。覚悟してきたつもりでも緊張は果てしなくて。落ち着きなく道や建物に視線を走らせているとポンポンと肩を叩かれ我に返った。苦笑する藤澤君に見詰められ恥ずかしさに俯いて爪先を見る。そんな情けない姿を晒しているのに忍び笑いも聞こえず、益々縮こまった。逃げたい、なんて思いがポロリと零れた瞬間、お、と小さな呟きが。ハッとして顔を上げると向こうもこちらに気付いたらしく長い手が大きく振られた。


「よう!おはよー」

「は、い。おはよう、ございます」

「あぁ。おはよう」

「…………よ」


笑顔で駆け出そうとした怜司君が、つんのめった後体が後ろに傾く。見えないけれどたぶん、背中にくっついている人物に服を引っ張られたんだろう。怒った怜司君はそのままの体勢で文句を言っている。返事は、無いようだ。その様子を息を詰めたまま見守っていると、怜司君は諦めた様子で引き摺るように重そうな足取りでこちらへ歩いてきた。
改めて挨拶をしてくる怜司君に返してそうっとその後ろの人物へ視線を送る。なかなか、出てこない。声を掛けようと口を開くが、こっちもこっちで言葉が出てこない。何とも言えない微妙な空気。何とかしなければと焦りにもたついていると、怜司君が呆れた様子で背後へ顔を向けた。


「おーいー。いー加減にしろ」

「…………」

「……ったく」


溜め息を吐きながら頭を掻いた怜司君は、一度遠くを睨んだ後、素早く後ろへ体ごと振り返った。小さな悲鳴が上がったかと思ったら直ぐにまた怜司君はこちらを向く。両手を、背後にいた人物の肩に乗せて。
驚きに見開いた目同士が向き合う。声も出せずに固まっていると怜司君にほら、と言いながら背中を押され小さな体がこちらに一歩踏み出してきた。不安そうに泳いだ視線が恐る恐ると俺に向けられ、下に落ちる。それにツキリと胸が痛んだがトンと叩かれた背中に気を引き締め口を動かした。


「……、っひ、久し振りで、……っ」

「……う、ん、……ひさし、ぶり」


意を決して出した声はカラカラに乾いた口の中で絡まりつっかえる。失敗したと落ち込む俺の前で、葵君は微かに笑って返してくれた。でもその笑顔はぎこちなくて。口の中に苦いものを感じる。
そうして口隠っている間に葵君はその笑顔のまま話し出した。


「カゼ、ほんとにもう、いいの?」


頷けば、よかった、と小さな吐息。心からほっとした声にギュッと胸が痛くなる。息苦しさに益々口の中が干上がるのを感じていると、両手を握り締めた葵君が一度目を強く瞑って、大きく口を開いた。


「……っあの!……ね、ぼく……っご、」

「ま、待って……っ」


葵君が力むよう上げた声を遮り一歩前へ進む。出した言葉尻は震え蚊みたいに掠れたものだったが葵君の口が止まった。瞬かれた瞳はどうして止めるのかという戸惑いと悲しみが混ざって揺らいでいる。話を聞きたくないって意味じゃないんだ、という気持ちを込めて深く息を吸い込み見詰め返した。


「俺の話、聞いてほしい、んだ」


です、と言い掛けた語尾を修正し言い切る。心臓がドキドキする。でも言えた。大丈夫。ちゃんと言える。

え?と呟いた葵君の大きく開かれた目を見ながら唾を飲み込んだら、キュウ、と変な音がした。



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