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「実際、委員長と考えはしてたんだよね。辞めさせるかどうか。二人がフライングしただけで。それで、吉里くんはどうしたい?」

「……俺は。……辞めたくは、ない、です」

「体壊したのに?」

「それは、っ」


乾いた口の中で舌が回らず言葉がつっかえる。何度か咳き込み、一度口を閉じて口内を湿らし息を吸い込んだ。


「これからはちゃんと、心配とか、忠告とか、聞いてっ。体が辛い時は休みます、し。自己管理ちゃんとやって、無理はしません、から」

「うーん。そう言って居てくれるのはすっごく有り難いけど……辛いのにそこまでして、どうして辞めたくないの?」


突き付けられた問いにキュッと唇を引く。熱がある間、葵君との事とも合わせてずっと考えていた。辞めた方が良いのだろうかと。実際、勉強と両立させるのも辛く感じるし、ストレスも溜まるし。これ以前も何度か辞めちゃおうかな、と思った事はある。けれど……。


「ちゃんと周りを見て、話を聞いて、心配されるのをちゃんと受け入れて言う事を聞いていればなんとかなる事だったのに、それをしないで、それこそ独り善がりで突っ走ったのは俺です。それが、駄目だったのはよく分かっています」

「うん。それで?」

「……でも、それでも。俺はもっと、東雲君や、皆さんと一緒にお仕事やりたい、です。こんなに心配してくれたり、俺の事を考えてくれる人達のいる、ここに居たいん、です」


は、と息を吐いて俯く。言いたい事、思っている事の半分も伝えられていない。ちゃんと答えになっているのかすら緊張で判別できない。でもどう言葉にすれば良いか分からない。駄々を捏ねただけな気がして、もっと根拠ある言葉を考えるけど出てこない。もどかしい想いを抱えつつ目の前の東雲君の瞳を見詰める。そうした時間は長かったのか短かかったのか。絹山先輩がそっか、と短く呟くと、東雲君の目がそっと伏せられた。


「……分かった。ちゃんと話聞かずに先走って、悪かった。ごめん」

「いえ。……俺も意地でしがみ付いてて、後の事考えてなくて……それで東雲君心配させ過ぎたんですから、すみません、でした」

「……。うん。次無茶したら今度はマジでお前説得して辞めさせるからな」

「ふ、はは。うん、気を付けます」


ジトリと、不貞腐れたような睨みに力が抜けてヘラッと笑う。絹山先輩からも追求するような視線を感じないから、一応認めてもらえたのかな。
里美先生がほっと笑うのが視界の端に見えてそちらを向こうとした瞬間突然頭に何かが乗り、グリグリと髪を掻き混ぜられた。


「わ、えっ、うわっ」

「うぉっ!?な、何っ」


力を込めてグラグラ頭を回され目が回る。やっと離されて顔を上げると離れていった手の主は天蔵先輩の物で。驚き固まりながら隣を見ると東雲君の髪もグシャグシャで。ポカンとしているとここにきて初めて天蔵先輩が口を開いた。


「吉里。お前は風紀室へ来るのを禁じる」

「えっ?」


やっぱりあんな曖昧な答えじゃ駄目だったのかと目を見開き固まる。辞めさせられるのかとジワジワ目が痛く熱くなってきて息を止めている間に、天蔵先輩は話を続けた。


「一週間、な。言った通りに直ぐ変わる訳無いだろう。特にお前は頑固だからな。病み上がりで直ぐ無理をされたら敵わん」

「吉里くんすんごく真面目だからね〜。たぁっぷり休まなきゃダメだよ?」


楽しげにウィンクする絹山先輩を見て、瞬きながら天蔵先輩を見上げると、ふ、と笑われた。


「休暇が終わったら、また風紀として頑張ってくれ」

「……はいっ」


吐き出し掛けた涙混じりの息を飲み込んで返事をする。良かった。未だ風紀でいられるんだ。
喜びながら東雲君を振り返ると、床に倒れて悶絶していた。里美先生も。二人とも足が痺れてしまったらしい。後ついでに絹山先輩も机に突っ伏して悶えていたけど、そっちはブツブツと呟きながら不気味な忍び笑いをしていたのでそっとしておいた。呻きながらも絹山先輩への突込みを忘れない東雲君の背中に手をやる。正座ってヤバイよね、と介抱しながら笑うと、体も少し軽くなった気がした。











部屋に戻って直ぐ崩れるようにソファへ倒れ込む。疲れた。でも、ほっとした。
悩みの種が一つ減った頭を背凭れに擦り付け、東雲君達の介抱中復活した絹山先輩から聞いた事を思い出す。昨日の集会は生徒会だけじゃなく風紀の方も色々あったんだとか。色々って、なんだ。疑問に瞬いている間に話が変わり、皆瀬君の事については悪いようにはならないと宥めすかすように言われ、続け様疲れただろうから詳しくは今度と打ち切られてしまった。お休みなんだから必要事項だけを端的にと言われたのだが、凄く気になる。また考え過ぎで熱出されたら大変だからこれだけね、なんて苦笑交じりな言い方をされると益々余計に気になる。けど、確かに疲れていたので諦めた。話してもらえるなら後ででも良いか。そう納得して帰ってきた今。


充電器から外したケータイを両手に掲げ逡巡する事数分。やっとの事でそれの電源を入れた。ズラッと並んだ名前を流し読み。そうして深呼吸して、最初に先頭にあった藤澤君のメールを開いた。


『大凡の状況は兄から聞いた。クラスでは君の身柄は知人の部屋に預けられている事になっているから気にせずよくよく自愛するように。口裏合わせはまた後日。タカ君に遠慮は不要。どんどん甘えてやってくれ。
小町は、少々前回より意固地になっているようだ。なかなか話せずにいる。申し訳無い。
だが君の事をかなり案じているようで机やロッカーをチラチラ見ている姿をよく見掛ける。落ち着けばまた話せるだろうから辛いだろうが登校できるようになったら話し掛けてみてくれ。切っ掛け等が欲しい時は相談してくれれば作る。その辺りも含め返事は動けるようになった頃で良い。
長くなったが取り敢えず今はお大事に』


文字だけの簡素な文は、気遣いと思い遣りに満ちていた。忙しい筈なのに細かく心を砕いてくれている。申し訳無いのはこちらの方だ。
しかし。改めて認識すると物凄く微妙な気持ちになる。やっぱり先輩と藤澤君が従兄弟なのは本当なんだな。そしてやっぱり先輩と俺との関係も知られていたんだな。口裏合わせって。
ちょっと遠くなりそうな意識を引き留め他のメールも見る。葵君の事や授業について幾つか確認した後、今度は怜司君からのメールを開いた。



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