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思わず一旦扉を閉める。……なんだったんだ?今の。


「どうした?」

「あ、いえ、な、何でもないです……、っうひぇい!?」


後ろから掛けられた声にハッとして返していると勝手に扉が開いて思わず悲鳴を上げてしまった。バッと振り返ると、ひょっこり顔を出した絹山先輩が苦笑している。恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、謝り手招く絹山先輩に促され、部屋の中へと入っていった。


背中の後ろでパタンと閉じた扉。その音と、静まった部屋の空気にまた緊張が甦ってきた。細く息を吐いて下がっていた顔を上げる。怒られても、何でも、しっかりしなければ。そう決意して表情を引き締めてみても目に入る東雲君と里美先生はやっぱり床に座っていて。天蔵先輩を見なければと思うけどそっちがどうしても気になる。訊いて良いのか。寧ろ突っ込み待ちなのか。
落ち着きなく交互に視線を動かしていると、天蔵先輩の隣に戻った絹山先輩が微笑んで名前を呼んできて慌てて姿勢を正した。


「久し振りだね。体は辛くない?伊織さんが保護して看病してたって話だから、こうして出てこれるのなら大丈夫なんだとは思うけど……」

「ぇあっ?あ、はい。もう大丈夫です」

「そっか。良かった」


あ、そんな感じになっているのか。
矛盾が起きないよう、曖昧な返事で話を合わせながらハラハラとした気持ちを笑顔に隠す。絹山先輩の瞳が妙に輝いて見える気がするけど……まぁ良いか。どんな風に話されているのか藤澤先輩に詳しく訊かなければ。
体調の経過と状況を伝え数日の欠席と連絡不足について謝罪する。熱があったんだから仕方無いよ、と言う絹山先輩のフォローに安堵するが天蔵先輩がずっと無言なのが、滅茶苦茶恐かった。


話終えてまた静かになった部屋。それ、で。どうすれば良いのか。ただ状況報告させる為だけに呼び出したんじゃないよな。……休んでいた間に風紀除籍が決まった、とか?里美先生もいて風紀トップ二人揃っているって事は、そうなのかもしれない。
ゴクリと唾を飲み込む。言われる前に、こっちから何か言わなければ。詰まる息を必死に吸って舌を動かす。そして腹に力を込めて声を出そうとしたところで、絹山先輩が俺の横へ向け口を開いた。


「里美先生、東雲くん。吉里くんに言う事は?」

「……吉里。すまなかった」

「へ」


絹山先輩の言葉に疑問を浮かべる暇も無く里美先生が頭を下げてきて驚く。オロオロとしていると、顔を少し上げた先生は眉を寄せて話し出した。


「この前の風紀の在籍についての話は、良かれと思って言った事だったが……余計に心労を与えて倒れさせるとは、思ってなかった。生徒の状態をよく見もせず、突然あんな悩ませる事を言ってしまって、悪かった」

「えっ。あ、いえ、そんな」


もう一度綺麗な姿勢で頭を下げた先生の前に膝をついて手をさ迷わせる。取り敢えず、状況がちょっと分かった。辞めるかどうかの話が切っ掛けで俺がパンクして倒れたと思われて、先生が原因だと責められて正座させられていたとかそんな感じなんだろう。
何で東雲君も座っているのかは分からないけど、風邪は自業自得の事なので先生は悪くないと必死に言えば、何か涙ぐまれた。こんな時にも気を使うなって……。いやまぁ割りと結構ショックだったし悩んだし落ち込みまくったけど、あの日は何かもう色々あり過ぎたっていうのが自分的に許容オーバーだったって感じだしなぁ。
兎に角気にしていないしもう大丈夫だと身振り手振りで元気をアピールする。そうしてどうにか先生が少し浮上してきたところで、絹山先輩の溜め息が聞こえてきた。


「そもそも。僕や委員長に話ナシで本人直行ってのがまずあり得ないんですけどね〜」

「……あー」

「いくら心配で、って言ってもそんな勝手に決めて話されちゃあ、ねぇ?」


チクチクと刺すような台詞に里美先生の背が丸くなる。俺が来るまでこんな感じでネチネチやられたんだろうか。それは……さぞやキツかっただろう。幹部とも話し合って最終勧告かと思っていたのが違っていたというのは驚きだが。だから他の人は知らなかったのか。まぁそれは置いて。いつもはキリリとしている強面な先生がここまでへこまされているのを見るのは居た堪れない。本当に先生のせいではない、と恐る恐る口にすると、肩を竦めた絹山先輩はツイ、と視線を滑らせた。


「さて。東雲くんは?」

「…………」

「吉里くんのこと、先生に進言しまくって焚き付けてたっていうのはさっき認めたよね?で?」


あぁそれで一緒に正座しているのか、というのと、最近の東雲君の態度を思い出して色々納得する。先生に呼び出された後よそよそしかったのはそういう訳か。
少しぼんやりとしながら考える。どうしてそんな事を、なんていうのは今まで彼から掛けられた言葉を思えば分かる。ジワリと胸に広がる罪悪感に苦しくなりながら絹山先輩へ顔を向けた。


「……あの、それは、」

「吉里くんはいいから。東雲くん?」

「……俺は、悪いとは思ってません」


俯いたまま、東雲君の手が膝の上でギュッと握り締められた。固い声に息が詰まりその手をジッと見詰める。目眩がするような沈黙が暫し。その間視線を集めた東雲君は、だって、と絞り出すように話し出した。


「……だって。これ以上風紀やってたら、無理し過ぎてぶっ潰れるじゃないですか。明らかに無理してるのに平気だとしか、コイツ言わないし」

「…………」

「それで、やっぱり倒れて風邪拗らせたし……っ。じゃあ、そんな風に壊れるくらいなら、辞めた方が良いじゃないか……っ」


上げられた視線が真っ直ぐ俺に向けられ息を飲む。強い瞳が射抜くように睨み付けてくるが、込められているのは怒りじゃなくて。
声を出せないでいると、絹山先輩がうーん、と言いながら腕を組んだ。


「確かに自己管理できない人にムリされるのは心配するし困るけど。でもね。思い遣りで行動するのは良いけどさ。ちゃんと相手の考えも聞いてからじゃなきゃ、ただの独り善がりじゃない?」

「…………」


黙り込んだ東雲君を絹山先輩は机に寄り掛かって見下ろす。何も言わない東雲君を暫く見詰めた絹山先輩は、次にこちらを見て口を開いた。



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