自分の気持ちとは

開けた思考に希望を感じ、安堵に包まれ目覚めた緊張の朝。藤澤先輩から差し出された物を恐々受け取る。丁度同じ機種のも持っていたから、と朗らかに言いながら渡されたそれにお礼を言って少しだけ握る手に力を込めた。
先輩のお陰で奮い立った昨晩の勇気。それは、ケータイの電池切れというミスで空振ってしまっていた。だからといって挫けた訳ではない。やる気も強い想いも未だ胸にしっかりある。が、怖じ気も同時に居座っていて。
借りた充電器のコンセントをさしケータイに繋ぐ。直ぐ電源が入らない程使い切っていたらしいそれを一先ず置いて、そうっと息を吐いた。


登校時間よりだいぶ早い時間。静かな部屋で藤澤先輩と二人きり。先輩と隊長さんは早くから仕事があると言って慌ただしく出ていってしまった。一通り俺を診た後お茶を飲んで寛ぐ藤澤先輩の正面に座り、コツコツ鳴る時計の音を聞く。
どうせ明日は休みだし、何より昨日の騒動で浮足立っている今、授業はろくにできないだろうから休んでしまえと言い渡されて数分。ちょっとだけほっとした自分を内心叱責してみたり間が空くと気持ちが萎えるのではと怖くなったり。兎に角落ち着かない。今直ぐにでも部屋を飛び出したく、逆に引き隠りたく。ほんの短い時間の間にも相反する思考で頭がパンクしそうだ。それを打破する為にも早く充電終わらないかな、とケータイをチラチラ見る。

葵君に何を伝えたいのかの答えはまだはっきり出ていない。何が自分の本心で何から言うべきなのか。ぼんやりとしか形になっていないけど、でも今は早く何かの繋がりが欲しい。
その前に先ず誰から連絡を取るべきか考える。真っ先に葵君へしてしまいたいが怜司君や藤澤君のも気になるし……ちょっと怖い。取り敢えず着たメールを全部読んでしまって考えようか。……葵君からは着ているだろうか。着ていなかったら寂しいけど、それでも良いから何か送ろう。
昨晩から急く気持ちでそわそわしっぱなしだから本当にもどかしい。朝一番に充電器借りられて良かった、と考えたところで、ふと同じ機種の『も』って?と藤澤先輩の台詞へ疑問がわく。しかし直ぐに考えないでおこうと首を振った。たぶん訊かない方が良い。何でかは分からないけど、本能的に。
笑顔で何かと答える藤澤先輩を想像して妙な悪寒に身を震わせていると、突然そうそう、と呟いた藤澤先輩が顔を上げた。


「朝、ここ来る前に伝言もらってきてたんだった。聞く?」

「……誰からですか?」

「風紀委員長」


緊張しながらの質問へ返された言葉に、ピシッと固まる。そ、そっちですか。てっきり藤澤君から何かあったのかとばかり。
そう言えば葵君達で頭いっぱいになっていたけど、風紀からもいっぱい連絡が着ていたんじゃと思い出して背筋が冷える。それの返答無しに加え、一応未だ辞めさせられてはいないだろうから、無断欠席?先輩が欠席の連絡は入れたって言っていたけど俺からは何もしていないし、って風紀にも入れてくれているのか?……あれ?でもそれだと風紀に先輩との事バレるし。藤澤先輩経由とか?ちょっと訊いて……いや、待て。それより何より伝言って……。


「動けたら風紀室においでってさ」

「…………」


『おいで』って。天蔵先輩が。『おいで』
いや、伝達役な藤澤先輩の口調に直されただけで実際は『来い』とかそんなんな筈。筈じゃなくて絶対。だから震えるな俺!
違うとは思うが普段から考えられないあまりにフランクな言葉にごちゃごちゃだった思考が一気に恐怖へ傾く。怒っている?キレている?連絡無視していたから?ですよね。いやでもほら、熱。熱で頭回っていなくてそれで……駄目だよな。ヤベェ。死ぬ。
顔が引き攣るのを感じながら寒気の走る体を掻き抱く。そんな俺の前で藤澤先輩は軽い動作で立ち上がり伸びをすると、明るい声を掛けてきた。


「じゃっ、行こっか」

「えっ」

「様子見る限りずっと学校にいるのはキツいだろうけど、ちょっと話聞きに行くくらいならオッケーっぽいからね。途中まで送ってあげる」


そう言ってにっこり笑う藤澤先輩。あ、これ逃がさないよ、って顔だ。
保健の備品らしい貸し制服を渡され逃げ道も塞がれて、コクコクと頷き寝室へ戻る。了承したものの気が重く袖を通すのもノロノロとした動作になっていると、扉の向こうから早く行った方がいいよ?という声。その声色の暢気さが矢鱈恐ろしく感じられ速攻で身繕いを整えて玄関へ駆け出した。











途中誰に会う事も無いまま辿り着いた特別棟前で藤澤先輩と別れる。いっそこっそり帰ろうかという考えが過ったけれど、いってらっしゃい、という言葉に押されて中に入る。シンとした廊下を進み久し振りに立った風紀室の扉前。初め圧倒されたその重厚な佇まいはいつからか気にならなくなっていたのだけど、今は最初に来た時より緊張していた。唾を飲み込み、ノッカーへ手を伸ばす。意を決して鳴らしたノックの後開いた扉を潜った。


「はーい……って、吉里!?」

「え!?吉里!?」


そうっと室内に入った俺に驚きの声が上がる。思っていたより人がいない事にほっとしつつ頭を下げると皆が近寄ってきた。


「お〜久し振り〜!風邪大丈夫か?ビックリしたぞーもー」

「かなり無理させてたもんなぁ。元気になったなら良かったよ」

「まったく。キツいなら無茶すんなよ?」

「お前いない間、っつーか昨日!マジ大変だったんだぞー、って!」

「そーいう言い方すんじゃねぇっつーの」


心配や安堵の言葉へ謝罪とお礼を返しながら、ハテ、と首を傾げる。俺が辞めるかもしれないというのが委員内に広まって、それで腫れ物扱いされるのかと苦い気持ちで来たのだけど。まぁこの様子なら無断欠席にはなっていないようだと安心する。ポンポンと出される問いに答え自分の調子を伝え終えたところで、一人が奥の部屋を指で示して口を開いた。


「取り敢えず委員長に挨拶しといで。今そっちいるから」

「確か東雲も話があるとかでさっき呼ばれてたよな。丁度良いや。纏めて顔見せてこいよ」

「ぅえ……、っはい」


嫌な顔をしてしまった俺を見て、しっかり怒られてこい、とケラケラ笑いながら背中を叩く先輩。頑張れ、と同情の視線を送る別クラスの同級生。そんな周りの様子にちょっとだけ肩の力が抜ける。大きく深呼吸して扉の前。ドキドキと鳴る胸を押さえてノックを鳴らす。聞こえた返事に歯を食い縛って扉を開けた。


開けた瞬間、目に入ったのは席に着く天蔵先輩と横に立つ絹山先輩。そしてその机の前に東雲君と里美先生が、何故か正座で座らされているという光景だった。



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