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ポスンと肩に寄り掛かってほっと一息吐く。そうしてボケッとしていると頭を優しく撫でられた。労るような動きが心地良い。けれど、忍び笑いが聞こえてきてちょっと微妙な気持ちになった。


「風邪引いてからずっと、なんと言うか……子供扱いばかりされてる気がします」

「良いじゃないか、別に」

「……子供じゃ、ないですよ」

「分かってるよ。でも言っただろう?甘えてほしいと」


穏やかな声に頷く。その言葉に甘えさせてもらっている。けどどこまで甘えて良いんだろう。先輩、集会でかなり精神削っているだろうし、あまり寄り掛かっちゃいけないよな。あぁでももう少しだけ……。


「……じゃあ、甘えついでに少しだけ、愚痴とか泣き言とか、言っても良いですか?」

「どうぞ?」


トンと軽く肩を叩く感触と何でもないような声にゆるゆる息を吐く。しかし言うと言ったものの直ぐに言葉は出ず。何度か口を開閉させて声を絞り出す。葵君との大まかな事情を細切れに話し、唇を噛んで訥々と不安を口にした。


「友達、と、連絡取らなきゃって思うんですけど……怖いんですよね」

「……そうか」

「前みたいにしなきゃって考えても、前と同じじゃ駄目な気がして。でも何をすれば良いか分かんなくて」

「……うん」

「何だかもう、全部嫌になって。耳塞いでこのまま先輩の部屋に引き籠っちゃいたいなんて思ったりして」

「…………」

「どうすれば、良いんですかね……」


掠れた弱音を出した後、自嘲した笑いが溢れる。逃げたい隠れたい目を逸らしたい。そんな気持ちでいっぱいだ。情けない。
しかしそんな話をしても肩を撫で続ける先輩は笑わず。目の奥が痛くなる。


「吉里は、友人とどうなりたい?」

「……仲直り、したいです」

「そうする為にはどうしたら良いと思ってるんだ?」

「……謝る?」


俺の答えに先輩は首を横に振った。何故。俺が葵君を傷付けたのが原因なんだからそれ以外に無い筈なのに。
疑問を、すがるような思いで目に込める。そんな俺に、先輩は子供へ言い聞かせるような優しい声で語り出した。


「吉里は今回の喧嘩の時と、前回の喧嘩の時。自分の考えた事や悩んだ事、相手に話したか?」

「……いいえ」


やっぱりな、と溜め息を吐かれ言われた台詞を頭の中で繰り返し唱える。前は葵君が謝ってきたのを同じように返しただけで終わった。それで良いと思っていたんだけど。それじゃいけなかったのか?


「今度会う時は吉里の思っている事、望んでいる事。それらを話してみたらどうだ」

「望んでる、事……?」

「要は本音だな。悪い所を反省して謝罪し合うのは確かに美徳だが。それだけじゃなくて、腹を割ってもっと話してみろ。お互い望みや不安を押し込めるだけでは不満や鬱憤も溜まるに決まっている」


本音。それを話さないままだったから変な風に拗れて、今回みたいな事になってしまったのか。俺はあまり話していなかっただろうか。そして葵君も。あの時少しだけ聞けたけどたぶん、言いたい事はもっとある筈。本音、か。……けれど。


「それは、余計傷付けたり、怒らせたりとか、しないでしょうか……」

「あぁ、大丈夫だろ。万里を見てみろ。本音しか言わないが別に怒るようなものじゃないだろ?」

「…………」

「それに。お前の友人なら、聞いてくれるんじゃないか?」

「……です、かね」

「まぁもし、万が一駄目だとしても。それを話すのと話さないとではだいぶ違うと思うぞ」


肩を叩く手にゆっくり瞬き考える。確かにまた謝るだけで仲直りできたとしても、また同じ様な喧嘩をして次こそ本当に口すら聞いてもらえないような事になってしまうかもしれない。不安は大きいけど、そうだな。……そうだ。


「ありがとうございました」

「少しは役に立てたか?」

「はい、物凄く。……すみません。何か、この前からこんな事ばっかりで、申し訳無いです」

「いいや気にするな。吐き出す事だって大事だろ」


そう言われても迷惑ばっか掛けているな、なんて考えていたら先輩は肩に回した手に力を込めてきた。必然的に距離が近くなり、ちょっとだけドキリとする。硬直する俺の頭に頬を乗せた先輩は大丈夫だからと呟いて話し出した。


「泣きたい時は胸を貸したいし、不安な時はこうして傍にいてやりたいと思ってる。だから気にせずどんどん話してくれ」

「……良いんですか?」

「あぁ勿論」


目を見ながらはっきり言われ安堵に力が抜ける。安心して、少し泣きそうになりながら笑った。


「そんなふうに甘やかされてばかりだと。俺、その内駄目になりそうですね」

「良いぞ、駄目になっても。駄目になったらなったで面倒くらいみるさ」

「えぇー……」


即答された事に呆れて先輩を見上げる。クスリと笑った先輩は俺の顔に手を伸ばし、髪を梳いて耳に掛けてきた。


「だが、お前はそう簡単に駄目になる奴じゃないだろうな」

「……そうでしょうか」

「そうだろう」


視線を落とすと目の下を撫でる指先。前を向くのを待つようにゆったり擦られる。優しい体温。暖かい言葉。本当にこのまま、全部委ねて閉じ籠りたくなる。けど。


「……先輩の期待に応えられるよう、踏ん張ります」

「いや、だから駄目になっても構わないって」

「いいえ、踏ん張ります」


可笑しげに笑う先輩をジッと見ながら首を横に振る。先輩が言うようにそんな風に楽になるのは嫌だという気持ちが強い。だから、頑張ろう。葵君と元のように、いや元以上に良い関係になる為に。そして背を押しながら、逃げ道まで作ってくれる先輩に報いる為にも。
うん、と拳を握って自分を鼓舞する。まだちょっとだけ、怖い気持ちは残っているけど。朝よりも前向きになれた。先輩に話してみて、本当に良かったとしみじみ思う。


しかし本当に先輩には助けてもらってばかりだと最近を振り返る。ドタバタ活劇を準備して実行して帰って直ぐ。そうとう疲れている筈なのに俺の相手までさせちゃって。これは何かお返しをしなければと考える。できれば今すぐ返したいからプレゼントは保留で……料理はするなと叱られそうだし……よし。


「俺ばっかり甘えさせてもらうのも何ですから、先輩も甘えたい時は俺に甘えてくださいね」

「吉里に?」

「はい。俺ばっかりで不公平な気がするんで。そんな訳で早速どうぞ」


背筋を伸ばし胸を張って両手を広げてみせる。一先ず今返すのは同じものを。悩み相談とかははぐらかされそうだけど、ただ抱き締めるくらいはさせてもらえる筈。
その体勢で暫く待っていればキョトンとしていた先輩は苦笑して俺に寄り掛かってきた。


「何か擽ったいですね」

「俺も。……だが悪くないな」


抱き付いたり抱き締められるんじゃなくて抱き締める。いつもと少し違う体勢。肩口に乗せられた先輩の頭を包むように腕を回すと首や頬に髪の毛がサラサラと当たって心地好くむず痒い。肌に触れる体温。傍にある匂い。その感覚に心臓が速く鳴る。何かちょっと変だ。でも、ホッとする。
普段なら見上げる位置の旋毛に頬を擦り寄せ笑った。


「よし、元気出ました」

「何だ。俺を甘やかすんじゃなくて、お前が充電する口実だったのか?」

「一石二鳥的な奴ですよ」


意図はしていなかったけどそうなった。言い訳っぽいけど本当にそうなんだから仕方無い。
開き直って、呆れ顔を作った先輩へピースをして見せたら吹き出された。笑う振動がこそばい。



心地良い、安心できる、幸せな場所。それがついていてくれるんだ。怖いけれどちゃんと、向き合おう。
改めて決心をつける俺の背中を、暖かい手が優しく撫でた。



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