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そうっと持ち上げ目の前にしたそれは今まで触らずにいた為電池はギリギリ残っているみたいだ。恐る恐る開くと不在着信と新着メールの山。学校にいた時のまま、マナーモードにしっぱなしだったみたいで気付かなかったけど結構溜まっている。
深く息を吸い込み、ゆっくり全部吐き出す。歯を噛み締め、いざ、と指を持ち上げた。が、下ろせない。トンと押すだけの動作ができない。どうにかやろうとするのだけど、震えるばかりで。
暫く動けないまま葛藤を繰り広げて、とうとう動けたと思った指は電源ボタンへ。固まった体を倒し枕に頭を沈める。意気地が無いと吐いた溜め息は、どうにも情けなかった。











グダグダと悩む内に寝てしまったらしくもう夕方。自己嫌悪に陥りながら飲む物を取りに行くと玄関が開く音がして。重い頭を振って、先輩を出迎えた。


「……おかえりなさ……何かお疲れ、みたいですね」

「……あぁ」


先輩を見上げるとどこかぐったりとした様子。慌てて駆け寄り大丈夫だと遠ざけられた鞄を引ったくって腕を引く。動くなと言われてもそんな疲れまくった人を前に座ってなどいられない。
ソファに座らせ冷たいお茶を前に出す。苦笑しながらお礼を言って口を付けた事に安心してから対面のソファに腰掛けた。


「そんなに忙しかったんですか?その、ゴタゴタ?」

「あー……そうだな」

「どんな事だったんですか?」

「……集会で、生徒会副会長、会計、書記、庶務。其々が壇上で生徒全員に謝罪と今後についての宣誓」

「……は?」


一気に言ってスッキリしたとでも言うようにふう、と息を吐く先輩。その表情はいっそ晴れやかだ。しかし俺は内容が上手く頭に入らず開いた口が閉まらない。どういう事だと視線で訴えると先輩は噛み砕いて説明し直してくれた。


「一人の生徒にかまけ学園全体に迷惑を掛けた事について頭を下げ、仕事の完全復帰と親衛隊との交流再開、そして正常化を目指していく事を全校生徒の前で宣言したんだよ」

「え、あの……副会長達がですか?」


あの、副会長達が。頭を下げた?……できたんだ……。
だいぶ失礼な事を考えながらはぁ、と気の抜けた返事をする。想像できないで唸る俺を前に先輩は話を続けた。


「転入生については、面白がって捏造記事や噂を流布し騒動の煽動していた新聞部の被害者として訴えを上げさせた」

「は……えっ?」

「それで新聞部は活動停止と風紀による懲罰を与える事になっている」


え?新聞部?新聞部が騒動の犯人って事なのか?それは……幾島君大丈夫なのか?
衝撃に黙り込む内淡々と詳しく語られる今日の顛末。心を入れ換えた生徒会に加害者から被害者へ一転した皆瀬君。その後は制裁だとか騒動に乗じて暴れた生徒の処分なんかも話され講堂はとんでもなく荒れたらしい。それを何とか収め今後は元のように、いや元以上により良い学園に変えていくという話で締めたとかなんとか。
何か、見たかったような行かなくて良かったような。まぁ何はともあれ一応落着、という事なのだろうか。


「変化の影響でまた暫くごたつくだろうが、それも時間が立てば落ち着いていくだろう」

「そうですか……」


先輩の台詞にほっと息を吐く。取り敢えず良かった。確かに多少は荒れるだろうけど何とかなる。皆瀬君の周りも、学園も、じきにきっと平和になる。


「ありがとうございます」

「別にお前が礼を言う事じゃないだろう」

「そうなんですけど……」


クスクスと笑われ何だかバツが悪い。恥ずかしさで頬を掻きながらうーんと考え、そして思い付いた言葉を口にした。


「じゃあ、お疲れ様でした」

「……あぁ、ありがとう」


目元を緩めた先輩にへらっと笑い返す。あぁ良かった。先輩の負担も減るし、やっとゆっくりできるんだ。

でも何か引っ掛かる。何だろう。


「蜥蜴の、尻尾切り……?」

「…………」

「そう言えば……先輩の、親衛隊が怪しいという話は……」


さ迷わせていた視線を先輩に戻して訊ねれば先輩は難しいような、困ったような顔で俺を見ていた。
あ。何か関係あるんだ。尻尾切りって事は解決したのは上っ面だけで黒幕とか、そんな物語みたいな存在がいると。そしてその存在は先輩の親衛隊の中に……。


「吉里」

「うぇあ、は、はい?」

「俺が言った事、覚えているか?」

「…………はい」


何でもしようとするな。だったっけ。
何かしたいとは思うけど、それで首を突っ込んで何かできるかと言われたら、分からない。ちょっとくらいこっそり何か、とか考えようとしたけど俺風紀じゃなくなるかもしれないんだった。それじゃあ、本当に何もできない、なぁ……。
しょんぼりと肩を落とす俺に先輩は気にしなくて良いからな、と念を押す。役に立たないもんなぁと地味に駄目押しされた気分になっていると、先輩はそれから、と迷うように口を開いた。


「スポーツ大会は来週の頭にやる事になっているよ」

「…………」


耳に入った単語に肩が一瞬ビクリと跳ねた。藤澤先輩が参加できるよ、なんて言ってくれたスポーツ大会。
葵君と、話はできるだろうか。ケータイすらろくに見られないでいる俺が?
風紀の方もどうなっているんだろう。まだ籍は残っているのか。

喜びなんてせず口をつぐんだ俺に先輩は何も言わない。既に、察しているらしい。沈黙が部屋に落ちる。あぁ嫌だ。
ぐるぐると嫌な考えにはまりそうな意識を必死で引き留め、俯いたまま口を開いた。


「……先輩」

「どうした?」

「……そっち、行っても、良いですか」

「……おいで」


一瞬驚いた顔をした先輩は、でも直ぐに目を細めて手招きをする。それだけでもかなり安心感を得た俺は立ち上がりのろのろと先輩へ近付くと、少しだけ震える手を伸ばした。
持ち上げられた掌に触れて、肩の力が漸く抜けるのを感じる。そのままふらふらと先輩に寄り掛かりかけて、ハッと我に返り横に腰掛けた。


「別に膝に乗っても良かったんだぞ」

「……いえ、流石に止めときます」


からかい顔で言う先輩に渋面を返して首を振る。何回かしてしまったけど寝惚けてもないのにそれをするのは恥ずかし過ぎる。先輩の腕を八つ当たり気味にペシリと叩いて正面のテーブルへ顔を向けた。



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