弱気を勇気へ

「取り敢えず熱は下がったみたいだね」

「ほんと?よかったぁ〜」


腋から外した途端取り上げられた体温計を片手によしよしと頭を撫でられ苦笑する。昨日と同様朝から様子を見に来てくれた隊長さんと藤澤先輩。怠さや咳でまだ体はキツいけれど、取り敢えず治ってきてはいるのだと喜ばれるのは恥ずかしくも嬉しい。
照れながら視線をさ迷わせると先輩も安心した顔でこちらを見ていた。益々照れ臭くなって近くでちょこちょこ動き回る隊長さんへ視線を移す。そうして気持ちを落ち着かせていると、道具を片付けていた藤澤先輩が顔を覗き込んできた。


「まぁもう大丈夫と思うけど、朝だから低いだけで夕方また上がるなんてこともあるから安静にね」

「はい」


一日ちゃんと大人しくしていた事で機嫌を直してもらえたのか昨日みたいな迫力や威圧感の無い笑顔。一応の信用も得たようで見張りも無しと言う事にほっとして返事する。それを見て笑みを深める藤澤先輩。そうしていると本当にただの優しいお兄さんな雰囲気なのに。いやそんな人だからこそ怒らせたら恐いのか。
笑顔の裏でこっそりそんな事を考えていると、心配だ心配だと呟いていた隊長さんがベッドに伏せうーん、と唸った後、その体勢のままチラリと藤澤先輩を見上げた。


「……学校、いきたくないな〜」

「はいはい、だーめ。集会がんばってね〜」

「わ〜んっ」

「やんなきゃなんないことは逃げずにちゃんとしなきゃダメだよー」


シーツに顔を押し付け泣き真似をする隊長さんを藤澤先輩は笑いながら怒った口調で小突く。その様子にちょっと吹き出して、そしてチクリと苦しくなった胸の痛みに眉を下げた。二人のやり取りは、何だか葵君と怜司君の事を思い出させる。ついでに藤澤先輩の軽く厳しい台詞にもギクリとさせられた。
じゃれる様子を見詰める内じわじわ痛みが広がる感覚に歯を食い縛る。これ以上は辛いなと宥めようとした時、先輩の声が聞こえてきた。


「そろそろ行くぞ」

「え〜?やだ〜っ!吉里くんの看病する〜っ」

「はいはい朝から集会の最終打ち合わせがあるんでしょ?集会もスポーツ大会も楽しみにしてる子いるんだから行った行ったー」

「……スポーツ、大会」


耳に入った単語を口にすると、砂を噛むような不快感が胸を抉った。明日か。明日。本来なら俺もクラスメイトに混じって競技に参加したり、空き時間には風紀で警備の担当を振り分けられて見回りしたり。きっとそんな風に忙しくて嫌になって、でもそれなりに楽しいんだろうな、と思っていた行事の日。それが、明日。
重い体と思考を見詰め直し、ぼんやりとしていたらポン、と頭に手を置かれハッと顔を上げた。


「吉里くんもスポーツ大会楽しみにしてた子?」


パチパチ瞬く俺の頭を撫でた藤澤先輩はもう片方の手をヒラヒラと振りニッコリ笑った。


「心配しなくても大丈夫大丈夫。どうせ今日の色んなゴタゴタのせいで延期するし。その頃には学校行けるって。競技は見学だけど」

「え?」

「おい」

「何?当たり前でしょ?病み上がりでまた無茶したら今度は入院させるからね?」

「いやいやいや!そーじゃなくてさ!?」


何かサラッと大変な事を言われた気がする。その予感を肯定するように隊長さんは慌てて藤澤先輩の肩を掴んで揺らし、先輩は顔を顰めこめかみを押さえている。
どうしたの、と首を傾げる藤澤先輩に隊長さんは引き攣った声で問いだした。


「スポーツ大会延期とか、ゴタゴタとか、僕ら話してないよね?」

「あれ、そうだっけ?あちゃー、しくった?」


藤澤先輩は全く焦りも悪びれもしない様子で額を叩き舌を出す。脱力した隊長さんが項垂れた後ろで溜め息を吐いた先輩は、どこか諦めた顔で口を開いた。


「それで。どこまで知っている」

「え〜?どこまでって言われても。トカゲにシッポ切られる前にこっちから切断!ってトコまで?」

「ほぼ全部だ……っ。いや、だよね。いおリンだもんね。寧ろなんで知らないって思ってたのかの方が不思議な感じだわ……」

「まぁいいじゃん別に言い振らしはしないし。他に知ってるの関係者以外はいないし。てゆうか今日には皆分かることだしさ」


カラカラと笑う姿にツッコム気力を無くしたらしい隊長さんがまたベッドに寄り掛かって恨めしげに藤澤先輩を見上げる。


「彼氏さん、いくらなんでも喋りすぎじゃない?」

「ん?ソースは誠志くんじゃないよ。誠志くんそういうの嫌いだし」

「……そーだよね。あぁもう、なんだかなぁ」


ポンポン進む話に全然着いていけない。取り敢えず、スポーツ大会が延期なのは本当なのか。風紀も含め色んな委員会が準備していた筈なのに……いや、ひょっとして裏の方では結構前から計画されていたのかも。でもその原因になるっぽい今日のゴタゴタって……ん?てか、彼氏……?
一度に沢山沸いた疑問符に目を回し掛け頭を振る。うおぉ、グラグラしてきた。
俺が静かに混乱している事を気付いたのか先輩が隣にやってきて宥めるように背中を撫でてきた。説明してもらえるだろうかと見上げてみるが困った顔をしている。そんな俺等を見た隊長さんは、あ、と声を漏らして頭を掻いた。


「あー……。吉里くんは言い触らすコじゃないって言うかそもそもお休みだから今言ってもいーんだろーけどぉ……」

「話してる時間あるの?」

「……帰ったら教える」

「は、はい」


指された先の時計を見てギャッと叫んだ隊長さんがガバリと立ち上がり鞄をひっ掴む。謝りながらバタバタと出る準備をする姿は引き留めようもなく。まぁ、よく分からないけどちゃんと教えてもらえるのならばそれで良いか。たぶん雰囲気的に転入生騒動についてなんだろうけど聞いたところで俺ができる事は無いっぽいし。下手に首を突っ込まず、先輩達に任せて俺は俺のしなきゃならない事をしなければ。

話を中断した申し訳無さと未だ残る心配からか浮かない表情な二人の背を押し藤澤先輩が手を振る。つられて振り返したところで部屋から三人が出ていき、パタンとドアが閉まった。




静かになった部屋で、振っていた手を下ろしスウッと息を吸ってベッドサイドに目をやる。そこにある物。昨日から置いてある事に気付いていたが、知らない振りをして目をそらしていたそれに、手を伸ばす。
このまま放っておきたい。逃げたい。閉じ籠りたい。
不安な感情に心臓がドクドク鳴る。それでもこのままじゃ嫌だとぐっと唾を飲み込んで、ケータイを取り上げた。



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